「…、では、ニケは、…あの子は、幸せだったのでしょうか」
「幸せだったよ」
間をおかずにそう言った私を沙織が見た。
「断言できるのですね、貴女は彼女とは違うというのにニケが理解できると?」
「理解する資格なんてないよ。でも、私は見たし、感じた。ニケは幸せだった」
彼を愛したことも、
アテナの傍にいることも。
全部ニケにとって幸せでかけがえのない忘れられない日々だった。
「ずっと灰色の世界だったんだよ、誰に讃えられても崇拝されても、ニケは幸せじゃなかった。それはニケが自分を勝利ではないって自覚していたから。困るだけでしょ?与えられもしないものを与えてくれと賛美されて乞われても。でもニケはアテナ、貴女に会った。自分に頼るだけじゃなくて自身で戦って勝利をつかみ取る女神に会った。そして、同じように命を燃やして戦うことによって勝利を得るあの時代の双子座に会ったんだよ、ニケは幸せだった」
勝利ではなく自分という存在を見てくれるだけでなく、存在することを認めてくれる人間に出会えることがどれだけ幸せなことか私は知っているし、そこだけは理解できる気がする。
ニケの気持ち。
「貴女達を愛していた」
あの男性も、アテナも同じように。
記憶の中に垣間見えた彼女の感情は確かに愛だった。
「貴女達に会えて、ニケは確かに幸せだった」
「…ありがとう」
「…でも、ニケの記憶を見たりサガと話したりして分かった」
ニケはやはり勝利ではない。勝利を表す名前だがそうではないのだ。いくら女神とはいえ微笑んだだけで勝利など渡せるものか。
「…つまり簡単なことだったんだよ、勝利の女神は勝利の象徴。だからそれを受け入れて、そうあろうとできるのがニケなんだって」
名前の重さに耐えて、勝利という希望を持たせることのできる存在がニケだ。
だから、私はニケになる必要はない。その代わりに私は彼女の名前を継ぐことができる。
「私はなまえ、そしてニケ、勝利の女神ニケ」
これが、私の答えだ。
沙織が私を見て薄い笑みを浮かべた。
「友人になろうと、私に言ってくれたのはなまえ、貴女が初めてだったのです」
あまりにも突然のその話題に私が首を傾げれば彼女は杖をぎゅうと握って目を伏せた。
「沙織としても、アテナとしても…。ニケは、最後まで私の従者でした。初めから、最後まで彼女はそうあろうとしてくれた、私のために。ひょっとしたら、私は答えをはじめから知っていたのかもしれません。貴女とニケは別人だったのです。今私はようやくそこにたどり着けた気がします」
私の手を取った沙織が寂しげな声でつぶやいた。
「…もう、ニケはいないのですね」
「…そうだね、アテナの知るニケはもういない」
「でも、もし伝えることができるのだとしたら、なまえ。彼女の小宇宙と名前を受け継いだ貴女に伝えたい」
私を見て笑みを浮かべた彼女は、戦女神らしい毅然とした態度を崩さずに言った。
「今度こそ、アテナはニケを守るでしょう」
だから私も背筋を伸ばして、彼女の足元に跪いて彼女の手を取った。
今は従神として。アテナのためにあるニケとして。
「今度はニケも、アテナのために最後まで戦う」
アテナ、沙織は笑った。
私も笑った。
私たちは長い時間をかけて、いまようやく答えにたどり着けたのだ。
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