葡萄酒の杯を一気に傾けて背後に倒れこんだ。
「アルテミスが聖域に行きましたね、アポローンの君」
笑いかければ、アポローンの君はこちらに視線を寄こすこともなく目を伏せた。
それを気にせずに続ける。
「なんでしたっけ?名前忘れちゃいましたけど、城戸沙織のことを育てた人間のことを言いに行ったんですかね。きっとびっくりしますよね」
アテナが動揺しているだろうことを想像して笑った。
「やっぱり人間はダメだなぁ。あの人間の女の子だってそうですよ。ちょっと真実を知ったくらいであんなになっていちゃ、何もできやしない」
傷つきたくないのなら深入りすべきではないですねと言った言葉に、ようやくアポローンの君がこちらを見た。
「アテナはあの程度では傷つくことはない」
「……」
この予言の神はいつもそうだ。
高慢で傲慢だがあの女神のことはどこかで認めている。
「アポローン、貴方はアテナを買いかぶりすぎじゃないですか?」
「そなたの目が腐り落ちて真実を見ることができなくなっているのでなければそうであろう」
「なにそれ、どういうことです?僕が悪いの?」
顔を上げた僕を見た彼が頬杖をついて目を伏せた。長い金のまつ毛が揺れる。
「ニケも、また同じ。我は全てを見る。過去を、未来を、現在を、異界を。こうなることは分かっていた。ニケとあの人間の娘のことも全て全て分かっている」
彼はゆっくりと確信するように言った。
「あれは、掴み取るのだ、己の意思で夢を。だが果たしてそれは人か神か、最後に残るのはどちらか」
「…貴方の言葉はいつも難解だ」
彼はその言葉に何も返事をしなかった。
代わりにぽつりと「戦いになるだろう」と呟いて、終ぞその日は何も口にしなかった。
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