「だが」

やがて再び口を開いたアルテミスが無表情で言った。

「アテナ、私には疑問がある。神が人の身をもって生まれる?そんなばかなことがあるものか」
「…どういうことです、アルテミス」

突然のその言葉にどこか不安を覚えて眉を顰めた。
アルテミスはそれを気にすることなく続ける。

「お前のそれは、生身の人間だ。たとえ魂が神であったとしても」
「ええ、それはもう十分承知の上です」


頷いた私を見てアルテミスが一瞬だけ黙り込んだ。

それにはまだ分からないのかという嘲笑と憐憫が含まれていたように感じる。そんな彼女が発した言葉は不思議と反響するように私の耳に残り、そして脳髄を貫いた。


「生身の人間が突然空間に生じると思うか」


返事をすることができなかった。ただ口元が震えただけだ。アルテミスはそれに気づいたのか、何も表情を変えることなく続ける。

「人の世界には質量保存の法則というものがあるらしいな」

「…何が言いたいのです」と、ようやくわずかに発した言葉にさえもアルテミスは表情を変えなかった。

「ハーデスも、ポセイドンも、人間を憑代に選び現世に現れる。本来の肉体はずっと奥の別の場所に隠している。それが普通だ、いやそうでなければならない。無から有は生まれえぬ」
「…私もそうだと仰るのですか」

確かにアテナ女神としての私の体はここにはない。

しかし、私はアテナ神殿に降臨したのだと告げれば、相対する女神はその目を細めた。濃い新緑を抱き、鋭い輝きを有した瞳がまっすぐに私を射抜く。


「誰が、それを見た?」


氷水のように冷たい声色が、同じように冷えた空気にしみこむ。

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