「天帝が危惧をするのも不思議ではあるまい。すでに天帝の兄弟神はすでにお前が倒しているのだから」
「私はゼウスと戦う意思はありません」
「どちらにせよもう遅い。人は大いなる宇宙をも汚そうとしている。そう遠くない未来に月にさえも軍事侵攻をするだろう。思いあがった者たちよ、一度この地は洗い流し新たな時代を始めなければならん」
「人も愚かではありません。いつか過ちに気づきそれを正すことができるはずなんです」
「そうして望みだけを抱いて世界が汚されるのをただ眺めていろと言うのか。アテナ、お前があくまで地上を守るというのならば我らと刃を交えることになるだろう。神ならば、一瞬のうちに死んでいく人と大地女神のどちらが大切か考えれば分かるはずだが」

するどく言い放ったアルテミスがすぐに笑う。


「いや、なるほどそういうことか」
「…?なんです?」

つとこちらを指さしたアルテミスが笑う。

「アテナの化身。お前の体はアテナのものではない。人のそれだ」
「…神の本来の姿で人と接することは冒険です。黄金聖闘士や聖闘士のように小宇宙を鍛えた人間でもない限り、今の時代の人間には特に」

神話の時代、人は神に近い存在だった。神とともに生き、神と会話をした。しかし、現代の人間はそれを忘れてしまった。彼らは神に対する耐性を持たない。

神話の時代の人間でさえ、小宇宙をろくに鍛えていない人間にとってそれは冒険だった。かつてゼウスも神本来の姿で会うことをセメレにせがまれそれを叶えた。しかし、人には神の肉体の力に耐えることなどできない。結局セメレはゼウスの雷によって燃え尽きることになった。

「神は本来人に接触すべきではない。その小宇宙や力は超大すぎ、人が触れれば即座に破滅に導くだろう」
「何が言いたいのかはっきりと言いなさい」
「神に触れた人は神に感化される。意のままになるか破滅する」

城戸光政、そう言った彼女の森の色の瞳が私を貫く。彼女の言いたいことを理解したからこそそれ以上聞きたくなくて私は口を開いたが、それでもアルテミスはそれを遮って翼或る言葉を私になげかけた。

「城戸光政。普通の思考をした人間に百人もの子供を、自らの子供を簡単にサクリファイスに差し出すような決断をできるのか?そして子供の代わりに渡された見知らぬ赤ん坊を深層の孫娘として寵愛し育てるだと?」
「アルテミス…!」
「それはもはや人間個人の思考ではない。神に感化されコントロールされた結果だ」
「私はそのようなことを望んでいない!!」

ぴしゃりと言いつけた私にアルテミスが口を閉じた。冷たい風が吹いてぶるりと震える。

「…お前の体は人のものだ」
「…そうです、その通りです」
「だから私の今言ったことは必ずしも正確ではないかもしれない。あるいは城戸光政自身の意思だったのやもしれん。だが、アテナ、お前の体は人のそれだ。異常なまでに地上に執着しようとする。それは一体誰の意思だ?」

私のものだと即座に言い返した。地上の平和はアテナの望みである。一抹の迷いもなくはっきりと言い切った私をアルテミスはじっと見ていた。

「私は、お爺様をコントロールするつもりなどありませんでした。ただ人の為すことを最後まで見届け、そのために地上が神々に破壊されないように保つことを望みました」
「良いだろう、ならばそれをお前の意思としよう」

人を感化しコントロールすることがアテナ女神の望みではないということは理解しようと言ったアルテミスが目を細め、心得たように私を見る。

「それはお前の意図するものとは違う。恐らくお前がろくに小宇宙も鍛えていない地上の普通の人々と触れ合えば平和なぞ一瞬で訪れるだろう。下らぬ愚かな紛争戦争は全て終わりを迎え真の平和が訪れる。だがそれは神にコントロールされた支配されきった世界だ、その通りか」
「その通りです、私が望む平和とはそんなものではない。人が、自ら勝ち取るそれです」

はてしなく長い間私たちは互いを見つめあった。目をそらしてはいけなかった。じっとアルテミスの目をそらすことなく見つめることが私の強い意志を表した。彼女もそれを分かっているから私の目をただ見つめ返していた。

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