アテナ神殿に昇る。


此度のヘルメスの件と渡された書簡で理解した。オリンポスは私を天界に連れ戻すつもりだ。


一神でも多くと話をしたかった。
私は地上を見捨てるつもりはない。

天界は私に一刻も早く天界に戻るように言った。地上は再び神々が統べることになる。
彼らは人のことなど考えずに力で統治しようとするだろう。それは地上に対する蹂躙に変わらない。


そして神々がこの地を蹂躙しようとするのならばオリンポスすべての神々を敵にしてでも戦い抜く。

しかし、聖闘士たちのためにも戦いを未然に防げるのならばそうするべきだ。

ぽっかりと浮かぶ青白い月を見上げる。


「アルテミス」


小宇宙を込めて、再度翼ある言葉を天上へ投げかけた。


月光がひときわ輝きを強める。聖域の森がざわめいた。


そうして月光の光の中、宙を舞うようにどこからともなく飛び降りてきた妹神を見る。彼女がアテナ神殿に降り立つと、短いキトンの裾がふわりと風にゆれる。彼女を照らすためだけに存在する青白い月光がアテナ神殿を包む。


森と狩りの女神アルテミス、月光は彼女の象徴だ。
究極の処女性、潔癖のアルテミス。森のように深い彼女の目が私に向く。


「私を呼んだか、アテナ」
「ええ、アルテミス」

微笑みかければ、久しぶりにあった妹神もわずかに口角をあげた。彼女が肩にかけた箙を外し、手に持った。

「何の用か。あまり長く留守にするとアポローンがうるさい」
「私は貴女と戦いたくない。どうか、中立を保っていただきたいのです」


単刀直入に告げたその言葉にアルテミスが眉を寄せる。簡単に受け入れてもらえるとは思っていない。再度同じ言葉を繰り返し中立を乞うた。

「できることなら私は天界とも戦いたくはない。誰も傷つかずに終わるのならそれが一番良いのです」
「なるほど、お前は優しい女神だった。そのアテナがその言葉を口にするのは何も不思議ではないな」

そこで言葉を切り、新緑の瞳を瞼に隠した月女神が首を振る。

「できぬ」
「アルテミス、お願いです」
「アテナ、お前はもし男神だったのならばゼウスを倒し世界の頂点につくはずだった神だ」

アルテミスが再び目を開いて私をまっすぐにみた。
突然変わった話題に今度は私が眉を潜めればアルテミスが笑う。

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