今更ながらに気付いた。

沙織は、この重責に、あの幼さで耐えてきたのだ。戦女神の名前を背負った。期待に押しつぶされずに常に前を見ていなければならないそれを沙織は背負っていたのだ。


じゃあ、私は?
耐えられる?


まさか!
彼らの言うそれはつまり、私、なまえという人格の否定だ。

彼らは、いいや、聖域にとってなまえなど必要ない。

必要なのは勝利の女神。

器だけあれば十分なのだ。じゃあ、私はどうなる?意思あるなまえはどこに行く?ああ、ああ!私は馬鹿だったのだ。沙織の努力など、結局のところ何も分かっていなかった。

私は甘い考えで彼女に“共感”という名の侮辱をしたのだ!!一緒に戦う仲間として?そんなことができるはずがなかった。私と彼女ではそもそも覚悟が違う。沙織の覚悟は人間としての“沙織”を殺し、アテナになること。地上のために、聖闘士たちに道を示すために、彼女はまだ13歳という歳で自分を殺した。

私にはできない。人格を押し殺し、今まで生きてきたなまえという人間を消し去って女神として生きること、私には、

「ニケ、どうされましたか」

ぐいと手を引かれて無理やり引き留められた。幾分焦った顔をしたアイオロスが状況を理解できないとばかりに私を呼ぶ、

「ニケ」
「…っ」

ニケと、

勝利の名前で私を、


死んだ女神の名前で私を!!


「やめてよ!!離して!!」
「っ?」

彼の腕を振りかぶって後ずさる。驚いた顔でこちらを見たアイオロスを見上げた。

「…わ、たしは…なまえよ。私に何かを求めないで、私に救いを求めないで…!貴方たちに私は勝利なんてあげられない」
「なんのことですか、ニケ」

それでもやはり彼は私を勝利の女神として扱うのだ。
違う、違う。私はニケではない。勝利の女神にはなれない。

「ニケ、」
「私をそれ以上ニケと呼ばないでっ!!!!」

感情が抑えきれなかった。
今日まで私がしてきたことの意味や、ニケと私のことが理解不能に陥って胸にふつふつと湧き上がる疑念や不信、不快感が抑えきれなかった。アイオロスが何か言っていたけれど、もう何も耳になんて入ってこない。それでも勢いよく高まった小宇宙に私の目は彼の口の動きを確実に読み取った。お、ち、つ、い、て?何を?何に対して落ち着けっていうの?

もう自分でも何がしたいのか分からない。


そして急激に自分の中で高まった小宇宙が当たりどころも分からずに爆発した。

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