「おや」

ふとヘルメスがそう言って私の背後を見た。一体なんだと後ろを見て、心臓が止まるかと思った。なまえが、真っ青な顔で私を見ている。なぜ?どうして?気分が悪いのでしょう、でも、それはヘルメスが小宇宙に干渉したから?


違う。

今、私はなんの話をしていた?
神話の時代の、ニケのことを


「沙織、…ニケが死んでいるって、なに?」
「なまえ、君はもう知っているんだろ?」

真っ青な顔で私を見たなまえにヘルメスが笑いかける。すぐに彼に視線を移した彼女にヘルメスは機嫌良さげに微笑んで、演劇ぶった調子で一礼をしてみせた。

「僕はヘルメス。オリンポス12神、アルゴス殺しのヘルメス。泥棒と商業と発明と旅とその他いろいろの神様さ。君に会うのは初めてだね、人の子なまえ」
「え…?」
「なまえ、耳を貸す必要はありません」
「いいや!なまえ、君は聞かなきゃいけない。だってそうだろ、アテナ!君のそれはエゴさ、ニケの死を認めたくない君のエゴ。無関係の彼女にニケを押し付けちゃいけないよ!」
「ヘルメス!!!いい加減になさい、私の聖域に突然入り込み、ニケに対するその侮辱の数々、許されるとお思いですか」
「まさか!でもここに来たのは僕の意思じゃない。ゼウスの意思さ。彼は君より高位の神だ、君には何も口出すことができない」

にこりと笑ったヘルメスが書簡を投げつけてくる。それを受け取った私を確認した彼が満足げに笑った。


「今日はそれを渡しに来ただけさ。久しぶりに兄弟にあったから少し長話をしてしまったけれどね!だからそろそろ帰ることにするよ」
「私が、そして聖域がそれを許すとお思いですか?」
「…許すよ、君はそれを甘んじて受け入れなければならない。…その人間を心配するならね、地上を愛するお優しい女神様!」

皮肉っぽいその言葉に顔を顰めたとき、なまえが私の服の裾をつかんだ。


「沙織、どういうこと、ニケは、…ううん、私はニケじゃ、ないの?」

その言葉に動揺したのはごまかしようがない。
その隙にヘルメスは背後に飛びのいて柱の上に立った。

「すぐにまた会うことになる!今度は僕が君を天界へ連れ帰るために!」
「ゼウスが何のため貴方をここに使わせたのか、この書簡を読まずとも分かっています。ですからはっきりと言いましょう!私は地上を見捨てません!このアテナは、最後まで地上とともにあります!!」

その言葉に、ヘルメスはにっこりと笑って姿を消した。小宇宙が完全に消えたのを確認してすぐになまえに向き直る。
真っ青で口を押える彼女の肩に手を置いて顔を覗き込んだ。

「なまえ、落ち着きなさい。貴女がそんなようでは話をすることもできません」

その言葉になまえが顔を歪めた。

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