「久しぶり、アテナ」

微笑んだ弟神を睨みつける。

「…生憎ですが、貴方と再会を喜ぶ気はないのです」
「ひどいなあ、それが弟に対する態度かい」

まったく傷ついた様子も見せずくすくすと笑ったヘルメスが肩を竦める。
眠るなまえの前に立って彼を正面から見た。

「一体どこからここに入り込んだのです?十二宮には黄金聖闘士がいたはずです」
「…アテナの小宇宙が張り巡らせられ、テレポートができない?そんなのは人間限定の話だね。神、それもオリンポス12神にまで通用すると本気で君は思っているのかい」

口角を上げたヘルメスがくるくると手の中の杖を弄ぶ。
彼は、旅の神でもある。そんな存在に恐らくいけない場所はない。そして同時にヘルメスはオリンポス12神の一柱だ。その力はこのアテナと互角といっても差し支えはない。
戦闘なら、ほぼ互角。
知恵なら私。悪知恵なら彼。そんな彼が十二宮を飛び越えてここまでたどり着いても不思議ではない。


「…では質問を変えましょう」
「うん、いいよ」
「何の用です、いえ、なまえに何がしたかったのですか」

彼女の小宇宙に影が付きまとっていた。それはこの男神のものだ。

「ねえ、アテナ!僕は旅のほかにも泥棒の神でもあるんだ」


ヘルメスはなんでも盗めるよと笑う。


「アポローンの君の牛だって僕が盗んださ。あれはおしかった、彼が神通力で犯人を言い当てなければ絶対にばれなかったのに!」
「ええ、そうでしょう」
「だからそんななんでも盗める僕が、その人間の持っている小宇宙の奥に眠る、ニケの記憶を引きずり出してあげたんだ」
「なんのために!!」

結果その乱暴な行為によって彼女の体に大きな負担をかけることになったと声を荒げた私にヘルメスが目を細めた。

「君、何もその人間に教えてあげていないんだろう?」
「…何の話ですか」
「僕はアポローンの君に全部教えてもらった。彼はなんでも見る。なんでも知っている。未来も過去も今も全て彼の傍にある。彼は言ったよ、アテナ、その人間はニケではない」
「なまえはニケです」
「違う。君は自分の良心がとがめるからそうしてその人間を嗾けて都合のいいように使おうとしているだけさ」

「だってそうだろう?」ととぼけた笑みを浮かべてヘルメスが杖をなまえに向けた。

「それは人間だ」
「私のこの体も人のものです」
「うん、そうだ。けれど君と彼女には決定的な違いがある。それがなんだかわからない君じゃないだろ?」

黙って彼をにらんだ私にヘルメスはけらけらと笑った。

「君は相変わらず怖い女神だ」
「お黙り、ヘルメス」
「いいや、君は聞かなきゃいけない。都合のいいように忘れているのだとしても、歪曲したのだとしても、君は知るべきだ。その人間も、ただ君に利用されるだけでは幾分哀れだな。ニケは、神話の時代にもうし…」
「ヘルメスッ!!!」

一気に小宇宙を高めた私に彼が口笛を吹く。
それとともに教皇の間の扉が勢いよく開かれた。

「何事ですか、アテナ!!」
「おや、随分と奇妙な小宇宙を持った人間だ。年寄なんだか若いんだかわからないな」

けらけらと笑いながらシオンを見たヘルメスに、シオンが目を丸くする。

「アテナ…!」
「シオン、そこから動くことは許しませんよ。私が話を付けます」

その言葉にヘルメスがまた笑う。

「駄目だよ、アテナ。君が話をつけるのは僕じゃない。大神ゼウスさ」

茶目っ気溢れる弟のその笑顔をこんなにも憎らしく感じたのはいつぶりのことだっただろうか。

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