敵う、敵わないは問題ではない。

私は地上を愛しているし、なにより聖闘士たちを信じている。父なる神が何を言おうと、それが地上や聖闘士たちに仇なすものなら、答えは最初から決まっているのだ。


「ゼウスは世界を統べる天空神だ」
「ええ、存じております、ハーデス」
「アテナよ、これはかつての敵からの言葉ではない。同じ神として、同じオリンポスの神として、そしてお前の叔父として告げる。天界を従えるゼウスと戦おうなどとは考えるな。それはつまり、オリンポスとの全面戦争だ。地上は疲弊し、貴女も死ぬだろう」
「ハーデス、私は地上を愛しています」


はっきりと返した言葉にハーデスは今までにないほど顔を顰めた。そして首を振った彼が何か言おうとしたが、それより早く私が言葉を続ける。

「ゼウスに地上を渡すつもりはありません」
「そうして貴女が支配して一体何の特になると言うのか!」
「地上は支配するものではありません。そして私はただ見守りたいだけです。貴方も神ならば最後まで見届ける使命があるはず。人に地上を与え天上に帰ったのは神々なのですから」
「大いなる宇宙さえも汚そうとしている人間をこれ以上見逃せというのか。アテナよ、貴女はもう十分によくやった。そろそろ天に戻るが神たる貴女のすべきことではないのか」

ハーデスのその言葉は、同じ神に対する配慮に満ちていた。

彼も、…そうなのだ。決して悪だったわけではない。ただ少しやり方が乱暴で粗暴だっただけで、彼にも彼の正義があった。
けれど、彼のそれは人にとって悪だった。ただ、それだけのことなのだ。

「ハーデス、私は最後まで見届けます。地上を、人を。オリンポスすべての神々が敵に回るとしても、それが私の使命です」

だからこの意思を変えるつもりはないと微笑む。
ハーデスはそれに苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、やがて目を伏せて姿を消した。


(ゼウスが終わりを告げにやってくる)


大空を見上げる。

高い、

高い、


決して手が届くことのない距離だ。


天空とはゼウスであり、ゼウスは天空である。


「………」

どうやらハーデスの知らせは、春に躍る心を一瞬で宵闇に投げ入れたらしい。

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