そしてすぐにぱたぱたと階段を駆け上がっていったなまえの背中を見えなくなるまで眺めた。いや、見えなくなってからも眺める。

頭上を飛んで行った小鳥たちが囀り、風が吹き抜けて行った。
そんな中で頭に手を当ててため息をつく。

なまえの真っ赤になった顔が離れない。


「おい、サガ?お前何をしているんだ、そんなところで」

背後からかかった弟の声に振り返る気力もない。
無理に手をひかれ顔を合わせたカノンが私の顔を見て顔を顰めた。

「なんだよ、その顔」

梅干しみたいだとよく分からないことを言った弟と目が合う。梅干しというものに関しては後で詳しく聞かせてもらうことにし、とりあえず胸の内を彼に向かって吐き出した。

「困ったことになった」

その言葉に弟は訝しげな顔をして私を見る。


「困ったことになった」

再度呟けば、今度は顔を顰めて「しつこい」と言った。

「何がだ、はっきりしろ」
「…困ったことになってしまった…」
「おいサガ、俺を馬鹿にしているのか」

とうとう顔を引きつらせて握り拳を作った弟の言葉が右の耳から入り左の耳から抜けて行った。


ありえない、いや有り得てはいけない間違いを私は犯そうとしているのではないか?いや、もう犯してしまったのだ。

これまでも何度か感じたがそれを必死に隠し顔を背けることで無いものとして扱った。
有難いことにその感情は多くの場合表に出てくることはなかったし、私も容易に押さえつけることができていたからいずれ無かったことにできるのだろうと甘い考えを抱いて楽観していた。


だが、それは恐らく間違いだったのだ。
真っ赤になった頬が、そして些細な笑顔が頭にこびりついて離れなくなってしまう程度にはその感情は肥大し成長していた。


抱いてはいけない感情だった。

私は双子座の聖闘士で、彼女は勝利の女神だった。

本来なら主従関係にあたるだろう私たちの関係はなまえの性格と好意によってできたものだ。

思いあがってはならない。
それはよく分かっている。


だが、ああ、どうだろうか。


自分の感情を殺すことには長けていると思っていた。
13年間、人前では自身を隠してきた。
これからもそうできるのだろうと思っていた。

だが感情というものはそう容易なものでもないらしい。
それも、感情の中でも今の私が抱いてしまったものは特に悪質だ。

あの、理性の神でさえ逆らうことのかなわなかった感情。


「困ったことになった…」


勝利の女神が、…なまえのことが愛おしくて仕方がない、など、


(本当に、困ったことになってしまったものだ)(どうすべきか、私には何も分からない)

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