黙り込んでいたアンドロメダが、ようやく私を見上げて口を開く。

「貴方は未だ力が正義であると思っているのですか。僕には貴方の考えを批判する権利なんてないけれど…、でも、それでもそんなことはどこか間違っているんだ」
「何が正義で何が悪かも分からぬヒヨコのくせに。君に批判される筋合いはない」

やはり話しても通じないものは通じないのだと笑いながら目を伏せる。


「力こそ正義。君はそれを論破することもできずに女神女神と繰り返すことしかしないヒヨコだ」

これ以上はもう時間の無駄だ。遠くの方で、すでに太陽は沈みかけ地平線と空を赤く染め上げていた。風で飛ばされた薔薇の花弁が散れば、もう私の眺めたかった景色はそこに完成する。

これ以上下らない話題で、静かな一人の時間を邪魔されるのは迷惑なだけだった。


「もはや君のような子供と話すことなどこのアフロディーテは何も持たん。双魚宮から立ち去れ、アンドロメダ」


言い切った言葉は短く、それでもはっきりと周囲に満ちた。

しかしいつまで待っても立ち去る気配を見せないアンドロメダを見下ろす。
アンドロメダはしばらく虚空を眺めていたが、すぐに真っ直ぐに私を見上げた。

「どうした、何故去らない」
「僕は…、…。アフロディーテ、貴方は僕を子供だと馬鹿にし、大した正義も持たないと思っているかもしれない!」
「その通りだ」

即座に言った言葉に、彼は少し黙り込んだがすぐに言った。

「でも僕は、やっぱり誰にも共通する正義はあってしかるべきだと思う。それは決して力ではないんだ」
「そうだ、君のそれは多くの場合正しいし大衆に受け入れられるだろう。私たちは少女を弄び蹂躙するべきではないし、通り過ぎただけの人間を惨殺すべきではない。それは古来より禁じられてきた行為だ。人間として生き、その社会で生活するにはそれは規則として確かに存在する。しかしそれは普遍なのか?誰にでも共通するものなのか?アンドロメダ、それに答えなどないということを君は知るべきだ」


私をまっすぐに見ていたアンドロメダはその言葉を静かに黙って聞いていた。

「そして古代から禁じられてきたというのはどういうことか?それはつまり全て人が、人のために作ったルールだ。大自然を見たまえ、アンドロメダ!そこは人間の作り上げた世界とは一変して弱肉強食の世界だ。力こそが全て。他をねじ伏せることができれば、それは自己の正当化に直結する。だが彼らは皆悪なのか?アンドロメダ、君にその答えがわかるか。分かるまい。つまりはそういうことなのだ」


絶対の正義など存在しない。
それらは時に自分の中で、または人間の作った世界でのみ効力を発する。全宇宙に響き渡る正義など存在しない。


私もデスマスクも、そしてサガもシュラもそれを知っている。
だから私たちは自分の正義を持った。それは何物にも批判することのかなわない人間としての権利だ。
全ての善悪を人が決めるのなら人として自分の正義を持って何が悪いというのだろうか。

「僕は、世界から戦争や争いがなくなって僕のような孤児がいなくなることを目指しています。でももし力こそが正義だとしたら、力のない存在はどうすればいいのです?」
「アンドロメダ、ここは学校ではない。そして私も教師ではないということを君は自覚すべきだな」

そもそも私の意見を聞いたところで、でもでもだってと繋げるだろう人間にいちいち説明してやるほど私も暇ではない。ため息をついた私を見つめていたアンドロメダが眉を下げた。

「僕は…、沙織さんの、アテナの愛を信じる。僕はアテナの愛こそが至上の正義だって信じている!だって、アテナは弱い人を見捨てない。確かにアフロディーテ、貴方のいう事は正論だ!けれどそれでは弱者は泣き寝入ることしかできない。アテナの愛はそんな人たちも包んでくれる」
「包むだけの愛で何が救える?」
「だから僕たちがいるんだ。アテナの正義は僕の正義でもある!それは僕のような孤児を作らないためにも、必要なことなんだ」

そう言ったアンドロメダが笑った。

「僕は、弱い人たちも笑って仲良く幸せに過ごせる世界を作りたい!僕はそれを守りたい!それが僕の正義だ。アテナはたくさんの悪を打ち払ってそれを成してくれる。アテナの愛は僕の正義と重なる」

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