サガの行いの全てが良かったとは思わない。
人々と接したことは結果的に彼を追い詰めた。人を救う代わりに、サガの中には負が蓄積されていった。そして持ち前のあの優しすぎる不器用な性格のせいで、人に心配をかけさせることを恐れサガは溜め込んだ。全て自分の中に溜め込んで、そのはけ口を見失った。

いや、サガはその捌け口を持たなかった。持てなかった。
一度吐き出せば、あとはもうとどまることなく依存してしまうことを彼は知っていた。
だから、仲間である聖闘士たちにも彼は何も言わなかった。

サガは黄金聖闘士だったし、そして一番の年長者だったことが余計に彼にその行動をとらせた。


「聖闘士という立場は時に私たちに足枷を付け、泥沼に引きずり込もうとするものだ」


弱さを持った人間こそ余計にその立場に陥りやすい。
サガは、恐らくそれを知っていた。それでもサガは自分の行いをやめなかった。
聖闘士としてはひょっとしたら愚かで誤ったものだったのかもしれない。いや、恐らくそうだった。


そして、それと対照したのが射手座の聖闘士であるアイオロス。

アイオロスはただ聖闘士として完成されきっていた。
彼もまた、聖闘士であろうと常に心がけていた。
女神のために、聖域のために、その人生を捧ぐことに彼はまるで何の疑問も持っていなかった。それは、女神の聖闘士として完璧な存在だ。意思を持たない。神にのみ従う、人間味を著しく欠いた存在、聖闘士。

「それが、アイオロスという男だった」

女神の正義だけを実行する。
それ以外のものは受け入れようとすら考えない。


「アイオロスはただ女神の駒だった。サガとは違う。私やシュラ、デスマスクとも違う人間だった」

女神だけが正義だと盲信している。
自分の正義を持った私たちとは相いれない人間。

「君は、いや、青銅はアイオロスによく似ていると私は思うよ。それが良いことか悪いことなのか今答えは出ないが。ともかく私のことを仲間だとか恐ろしく生ぬるい考えで呼ぶのは止してくれないか。私と君は違う。掲げる正義も違う」

力こそが正義。サガはその力を持っていた。
そのサガを負かしたアテナに、サガが従うというのなら。力を持ったアテナが地上を平和にできるというのなら、負けた我々は見届ける義務がある。そして力を貸す義務も。それと同時に興味もある。力は正義でないとした女神が一体どこまで行き、何をなすのか。


「決してアテナ女神を守るために、そしてアテナの正義とやらのために戦うのではない。あくまで私は地上のために戦おう、それはアテナのためではない」

綺麗事と世迷言では救済など行えない。私はそれを知っている。結局力がなければ何もできないのだ。

だから、私はアテナの正義とやらを守るためには戦わない。
そこが、この坊やと一線を画す場所だ。

女神のためだけに盲信するなんてまっぴらごめんなことだし、そんな子供だましの正義などいずれ崩れ落ちるだろう。


ならば相手がなまえの場合はどうだろうか。

ニケ、勝利の女神。もっと知ったことではない。あの女神が何か正義を掲げたところを私は知らないから、そんな女神のために戦う気にはならない。

ただ、なまえとなれば話は少し変わってくる。
長い間サガと過ごして、最近初めて見た彼の表情になまえに対するものがある。親愛、信愛、恋慕。そのどれにあたるかは知らないが、サガはなまえに何か特別な感情を持っている。

それは喜ばしいことだった。
サガはいつだって自分のことを後回しにして周囲のことばかり考えていた。そのサガが、自分だけの感情を持つことを私は否定する気はない。むしろ応援でもしてやりたい気分だ。

聖域に来てからシュラ、デスマスクとともに最も近くにいた男だ。邪険にする理由は一つもない。
そんな彼のためならその相手を守ってやるということに異論はない。

そして、その相手がなまえならば猶更だ。
奇妙な性格をした彼女を嫌いではない。高いところから人を見下ろし嘲り笑う神の身でありながら、なまえはひどく人間らしい。
少し、サガに似ているところがあるように感じる。周囲を気にして、奔走する。そんな彼女を嫌いではない。

守ってやってもいい、そう思える。
といっても、それは私の正義には関係のない、ただの個人に意見にすぎないのだが。

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