「アフロディーテはなまえさんと親しいのですか」
「さて、私たちの会話が親しげに見えたのならそうなのだろうな」

その言葉にさえくすくすと笑ったアンドロメダが薔薇園を眺めてとても綺麗だと言った。礼を返せば、彼がこちらを再び見上げてくる。

「貴方と、こんなふうに会話ができるようになると思いませんでした」
「さあ、君が私に対して何を望んでいるのか分からないからそれに対する相応しい返答をすることはできないな」
「良いんです、僕は貴方とこうして普通に会話ができるだけで嬉しい」

奇妙なことを喜ぶ少年だと思った。
私などと話して何が楽しいのか、まったく理解ができない。
しかし続けられたアンドロメダの言葉にようやくその真意を理解して笑い出しそうになる。

「貴方とは戦った仲だけれど…。良かった。今は貴方も僕達の仲間だ」
「……、なに?」


貴方も僕たちと同じ正義だと言ってこちらを見たアンドロメダに笑いが漏れる。分かりあえることは素晴らしいと滑稽な台詞も追加された。


「フッ…、馬鹿なことを。私がお前たちの仲間だと?」

子どもらしい愚直さから来た意見だとしてもそれは素朴で、それゆえに人工的な神性を帯びた言葉だった。私の嫌いなものだ。


仲間などではない。

アンドロメダに理解ができるだろうか。いやできまい。

自分たちが、女神のみが正義と信じ込んでいる子どもには恐らく私の言葉は、そしてサガ、デスマスクの言葉も届くまい。

だが、それでもそれを受け流すこともできなかった。このまま勝手に奇妙な誤解をされたまま“仲間”だなどと笑える烙印を押されてはたまったものではない。


「…ひとつ、昔話をしようか」
「え?」

射手座の黄金聖闘士の話だと言えば、アンドロメダは黙り込んだ。
何の気なしに薔薇を一輪取り出して振ればひらひらと花弁が舞う。アンドロメダは黙ってそれを見ていた。


「13年間、誰もアイオロスが女神に反逆したということを疑わなかった」


アイオロスは教皇や女神に言われたことをそのままに実行できる。
実力は申し分がないほどあった。弟を可愛がっていた。馬鹿やって騒ぐデスマスクとシュラを叱りつけた。成長していく聖闘士たちに嬉しそうに笑った。

けれど彼はいつも射手座のアイオロスだった。

「弟であるアイオリアの前ではどうだったか知らないけれどね。少なくとも私の前で、彼は一度も自分を見せなかった。いや、むしろアイオロスと射手座の黄金聖闘士はイコールで結ぶことができたのかもしれない」


聖闘士の鏡のような男だったと思う。

宙に浮かせていた足の片方を組む。風が薔薇園で咲き誇るそれらの赤い花弁を吹き上がらせた。アンドロメダの日本人にしては色素の薄い瞳に私が映り込む。
赤い花びらが宙を舞う。


「女神の“聖闘士”としてアイオロスは完成されきっていた。恐らく、サガよりも」


サガは弱者に優しかった。
神のような笑みを振りまき、いつだって人々のことばかり考えていた。人の訴えに真摯に耳を傾け、時には一緒に悲しんで泣き、時には一緒に喜んで笑った。

彼は人間らしかった。
黄金聖闘士でありながらサガは自分を忘れなかった。ただ女神の聖闘士になりきるのではなく、周囲にいつも気を配った。人々はサガを知った。彼の優しさに慰められた。彼を愛した。誰もが、彼を信じ慕っていた。人々は双子座の聖闘士であるサガのことをよく知っていた。

「アイオロスは、それをしなかった。だから誰もアイオロスという人間を知らない。疑うという前提が存在しなかった。誰もアイオロスという人間を知らなかったために。普段腹の内を見せなかったのはそういうことかと納得する。本心を隠し聖闘士という仮面で取り繕っていたのだと考えられた。私はそれを知っている」

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