(…アイオロスという個人に対して)

シュラのその言葉が頭に残った。

ふと、ニケの言葉を思い出す。
一人の人間、アイオロス。
私はずっと自身を聖闘士だと思っていた。

アテナの聖闘士。それ以上でも以下でもない。個人である必要はないと、


だがそれは間違っていたのだろうか?

やはりよく、分からない。
(なぜなら私はアテナの聖闘士だから)

「俺は、お前を殺した」

再度そう言ったシュラに向かって口を開く。

「後悔しているのか?」
「していない。そしてそれは許されないことのようにも感じるし、そうしなければならないような気もする。だが、俺は後悔などしていない」
「それは、山羊座の聖闘士としての意見か?それともシュラの意見?」

ニケの質問の意味がよく分からないまま、しかしそれを聞けば何かわかるようなそんな気がしてシュラに尋ねる。彼はその質問に訝しげに眼を細め眉を潜める。


「俺は俺だ。山羊座の聖闘士の前に、後悔やそういう考えは俺自身のものだ」
「私にはそれが分からない」

即座に返したその言葉にシュラは眉を潜めたまま目を伏せた。


「何故分からないのかが分からない」

(まったく答えになっていないじゃないか!)
少しだけ拍子抜けしたのと、そして求めていた答えが得られなかったことにどこかがっかりとしながら頭をかいた。
何故分からないのか、分からないか。まったくシュラらしい簡潔で無駄のない、それでいてまったく助けにならない返答だ。

「…分かった、この話はもういい。ともかく今日はお前を祝いたかっただけなんだ」
「ああ、…礼を言おう」

そう言ったシュラがそろそろ戻ると言って荷物を抱えなおした。
恐らくデスマスクの作った何かの料理の入った箱と、アフロディーテからもらったのだろう大量の薔薇に、私の贈ったワインのボトル。確かに立ち話をするには少し荷物が多いかもしれない。

「ああ、時間を取らせた」
「気にするな、どうせ今晩はもう何もない」
「ああ。では私は戻ることにしよう。シュラも良い夜を」

その言葉に今まで眉を潜めていたシュラはふと口元を緩ませて磨羯宮の奥へ入っていった。

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