昨晩ひどく振った雨は朝には上がっており、今朝は気持ちのいい晴天が広がっていた。
枕やシーツを干しながら背伸びをする。

良い天気は好きだ。気分がすっきりする。通り過ぎた女官さんがくすくすと笑いながら「お腹が出ていますわ」と言ったのを聞いて慌ててシャツを抑えた。この間もこんなことがあったな。今度から裾の長い服を着るようにしようか、そんなことを考えたとき背後から目を隠された。


「僕はだれでしょう!」
「え?え?」

あまりにも突然のことに混乱する。
こんなことをするのはミロか?でも声は彼より高くてまだ少年らしいものだった。くすくすと後ろで笑う子供の声を聞く。その声の持ち主と記憶の中で一致するのは一人だったのだが、……その子がギリシアの聖域にいるはずはないと首をかしげる。

だがもう一度尋ねてきたその声に、恐る恐る尋ねてみる。

「瞬君…?」
「正解!」
「な、なんでここに!」

振り返った先で、可愛らしい笑顔を浮かべた瞬君に目をこする。ううん、幻じゃない!


「冬休みが始まったから、遊びに来たんです!氷河や紫龍も来ていますよ!」
「本当!?また会えて嬉しいよ!」

手を取ってそういえば、瞬君が笑った。これだよ、この笑顔!可愛いなあ…。
「アテナ神殿へ沙織さんに会いに行こうと思ったら、なまえさんが見えたから」
「あ、そうなの?じゃあ、邪魔しちゃ悪いね」

行っておいでと道を開けてやる。お土産を持ってきたから、あとでまた会いに来ると言って駆けて行った瞬君の背中を手を振って見送った。
そうか、世間はもう冬休みなのか。

ということはもう年が変わる。
私が聖域に来てから三か月程度が立とうとしていることになんだか少し不思議な気持ちになる。ここでの生活はあっという間でまだ、そんな気がしない。


シーツやまくらが風で飛ばないだろうことを確認して宮に戻る。

なんだか、ここに来てから時間がたつのが本当にあっという間だ。好きなことをやっているときに時間が早くたつように感じるのと同じことだろうか?

その時後ろから首に右腕が回された。驚いて振り向けば、こちらを見て笑っている…カノンと目があった。やっぱり顔のつくりはサガとそっくりだから一瞬驚いた。サガはこんな風に腕を回して来たりはしない。

「驚いた」
「サガだと思ったか」
「サガはこんな風にくっついてこないよ」
「ああ、なら今度やってみろ。上手くいけばあいつのにやけ面が拝めるかもしれん」


カノンはそれは大層価値のあるものだと言いながら笑った。だが想像してみて首をかしげる。サガがにやけるところなんてまったく想像できない。
それを見たカノンが人差し指を立てて私の額を小突いた。


「一つ、お前に提案をしてやろう」
「提案?」


聞き返し、背が高い彼を見上げた私にカノンが頷く。

「とにかくあいつを褒め続けてみろ、照れるぞ」
「え、ええ?いつもみたいに微笑んで、“そうか、ありがとう”で終わりそうだよ」
「そうだな、例えばそれを行ったのが雑兵やら女官だったらその反応だろうな」

そう言ったカノンが腕を組んで、何かに納得するように頷く。そしてもう一度私を見ると「とにかくやってみると良い」と言って私の背中を軽く叩いた。

「抱き着いて、褒め続けてみろ!」
「抱き着くのは嫌!恥ずかしいよ!!」
「ただの挨拶だ」
「日本人には挨拶じゃありません!!」

ともかく言われるがままに走り出した。
別に下心とかそういうんじゃなくて、照れるサガとかにやけるサガとか想像できなくて少し気になるだけだ!うん、そう…、だから別に下心とかはないと何度も考えながら小宇宙を探った。

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