それでもアイオロスは表情を変えることなく言う。

「私は、女神の聖闘士だ」
「私はそんなことを聞いているんじゃない」
「私は女神の聖闘士、それ以上でも以下でもない。ニケ、女神たる貴女がそれ以外を望むのなら私はそれに答える用意があるが、それを貴女は望むのか」

外では相変わらず雷鳴がとどろいている。静まり返った廊下のすぐわきの地面に強い雨音が響きつけるのを聞きながら彼の青い目をじっと見上げた。



「私は女神の聖闘士だ」
「…もういい」


列柱から背中を離す。
薄暗い廊下に、さらに柱が黒い影を伸ばす。その中に足を踏み入れて、彼を振り返った。

「貴方のしたことは確かに正しかったのかもしれない。ううん、赤ん坊を救ったことは確かに正しかった。それが…、私がききたいのはそれが、本当に心からの貴方の意思だったかどうかだよ」
「射手座の黄金聖闘士である私が、本心からアテナの無事を願わなかったと貴女は言うのか」
「貴方は間違っている」


アイオロスはいつだって、射手座の黄金聖闘士という立場を前提にことを進めようとする。それは、女神の聖闘士としては好ましくそして正しい行為なのだろう。
けれど私にはそれを素直に讃えることができない。


「貴方は人間でしょう、アイオロス」
「私は聖闘士だ」
「…ねえ、サガはずっと苦しんだよ。13年間ずっと。それは例えばムウだって変わらなかったと私は思う。ううん、きっとみんながそれぞれ苦しんだと思う。貴方は違かったの?それは聖闘士としての貴方の意思だったの?貴方の13年間を私は知らない。けれどそれで良かったのだと心の底から貴方は思えたの?女神が救えたのなら、友人や弟が苦しんでも構わないって」
「……」
「…ごめん、こんなことを言う権利を私は持っていないのは分かっているの」

けれど、それでも止められない。
私は聖域を好きだ。誰もが優しく綺麗なこの場所が好き。

アイオロスが教皇の正体をすぐに誰かに告げていたら、サガがどうなったのか。
考えたくはないことだが、彼が反逆者としてその身を追われただろう。
アイオロスはそれを避けた。誰も傷つけないように黙って沙織を連れて逃げた。


自分を犠牲にして。
それは射手座の聖闘士としての判断ではなかったのではないだろうか?そこに、聖闘士としての意思を超えて、確かにアイオロス自身の意思があったのではないのか?

だが結局それはムウを13年間苦しませた。口には出さないが、アイオリアだってかなり厳しい状況に身を置くことになっただろう。アイオロスの決断は、すべてが正しかったわけではない。

聖闘士としての意思、アイオロス自身の意思。それを彼が理解しない限り、これから先同じことが起きる可能性も捨てきれない。


「聖闘士である前に、貴方も一人の人間でしょう、アイオロス」


強い雨に目を閉じた。

「私も同じ、女神である前に、一人の人間なの。なまえなの。私は、貴方達に畏まってほしいなんて思っていない。一人の人間として、一人の人間である貴方と向き合いたい」

アイオロスはそれには何も言わなかった。
私も彼に答えを求めようとは思わなかった。

「良い夜を」


これ以上何を話しても堂々巡りになるだろうことはよく分かっていたから、私は黙ってそこから離れる。
私は恐らく余計なことを言ったのだ。それでも言わずにはいられなかった。それはなぜだろう。(私はまだその答えを知らない)(それとも知っているのだろうか)(アイオロスのように、気が付いていないだけで)

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