かつての話だ。
サガは救いを求めた。
俺も救いを求めた。
それを与えるのは神ではなく力だ。そしてそれは人にもかなうものだった。

だが、聖域はそれを認めなかった。アテナは力を持ってそれを制し、自らを正義とした。

この女はその正義すら価値観だと呼ぶのだろうか。

ならば悪とは何か。


神とは、何か。


「ならお前は神をなんだと思うんだ」

それが人を救うのかと続けた言葉に奴は目を丸くして、すぐに「さあ」と言った。

「神様に何を期待しているの?」
「何も」
「うん、私と一緒」
「…はっ、勝利の女神が、いや、神自身が神に何も期待していないと明言するとはな」
「おかしい?」


くすくすと笑った奴がすぐに真面目そうな顔に戻り「でも何もおかしなことじゃないんだよ」と言った。


「沙織は私を聖域に置いて、ニケという名前で平和を手に入れようとした。そういった点から神様を利用するのは悪いことではないと思うんだ」

でもね、と言葉を切った奴が俺を見た。

「自分のことを決めるのは自分、神様なんかじゃない」
「だがそれをできるのは強い力を持った人間だけだ」
「だから弱い人の為に神様がいるんじゃないかな?心のよりどころになれる神様」
「一神教の話だな。だが生憎ここは古代のまま多神教の世界だ。そしてお前たち神にはそれぞれ名称が付く。戦の女神、勝利の女神、美の女神、それはそれぞれが司るものを持つ。心のよりどころにはなりえない」

そう言って鼻で笑った俺に、奴はふわりと微笑んだ。

「なりえるよ、きっと。だって結局全部頼る対象の象徴がその神々なんだから。だから、私はニケとしてもなまえとしても、みんなを守りたいって思うの。それは神様に頼るものじゃなくて、上手くは言えないけれど、私が自分でやりきることなんだよ」
「…やっぱりお前は馬鹿な女だな」



そもそもこの貧弱人間に守れるものがあるかはさておき、こいつのそれは人間の意見だ。神のものではない。

やつは、そろそろ寝るから帰るなんて今までの真面目そうな表情を一転してすっ呆けた顔で「おやすみ」と言って笑った。そして教皇宮に向かって歩き始める。

「おい」

呼びかければぴたりと足を止めて顔だけで振り返った奴の目を見る。
月光が細く鋭い光を投げかけた琥珀の瞳は、夜の闇の中で漆黒に輝いていた。アテナがかつて眼光輝くアテナとよばれていたのと同じように、その瞳には確かに神が宿っていた。

しかし、こいつの話を踏まえたうえで、ようやく今までの違和感を全て理解して笑った。自然に浮かんだその笑みをそのままに馬鹿女を見る。



「なまえ、お前は馬鹿な奴だ」


その言葉にさえもそうなのかもねとなまえはへらりと間の抜けた笑みを浮かべた。

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