「普通は、怒る」

そう言ったデスマスクに振り返る。
ニケがムウのところの弟子と共に、教皇に引きずられて教皇宮に連れ去られた直後のことだった。

何のことだと言って奴の赤い目を見れば、デスマスクは顔を顰めたまま雪をのせた花壇の煉瓦に腰かけた。


「今回だけじゃない。俺はずっと試している」
「だから、何の話だ」
「シュラ、お前はホットチョコレートに塩を入れられ、この季節に頭から水を浴びせられ、蹴られ踏まれ、そして池に落とされたらどうする」
「斬り殺す」


やりすぎだ馬鹿野郎とくつくつと笑ったデスマスクが足を組む。
だが長い付き合いだ。奴が何を言っているのか理解して足を止めて花壇に腰かけたやつを振り返った。

「女神の頭から水を浴びせ、蹴り、踏み、池に突き落としたのか」
「池に落ちたのは俺がきっかけとはいえ、あいつの不注意だぜ?」


俺のせいじゃない。
そう言ったデスマスクが赤い目を細めた。


「ささいな仕返しは返ってくる。だがそれは本気の怒りではあるまい」

何故だ、とデスマスクは言った。
俺にその答えが返せるはずもない。(俺はニケではない)

だがデスマスクは俺が何かを言うまで黙り続けるつもりらしく、仕方なしに頭に浮かんだ答えを口にした。


「それが、聖域の神というものなのではないのか」

アテナなど殺されても笑みを浮かべているだろうと言えば、デスマスクはしばらく黙り込んだ。
それきり奴はその話をしようとはせずに、それまでの考え込むような表情を引っ込ませ、顔を引き攣らせる。

「ところでよ、シュラ」
「なんだ」
「…雪が解けて下着まで濡れているんだが」
「……知らん」

着るもんを貸せといってさっさと磨羯宮のほうへ向かったデスマスクの背中にため息をついて後を追った。

(聖域の神、か)

自分で答えたその言葉が、何か違和感を覚えるものだったことは深く気にしないようにすることにした。

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