一面白銀の世界だった。
しんしんといまだ降りやまない雪に、周りの音が吸収されてしんと静まり返る。
ざくりと雪を踏んだ音が、何故か大きく聞こえた。
手が、そして足が冷たい。それでも私はやらなければならないのだと、握った小さな手を離した。
「行くよ…っ、貴鬼!」
「うん、なまえお姉ちゃん!」
地面を蹴り、駆け出したその勢いに加えて、腕を振りかぶりその手に持ったものを投げ飛ばす。私の肩に飛び乗った貴鬼がさらに宙に向けて飛び、それを蹴り上げる。彼の小宇宙が込められたそれは一瞬で宙を切り、風を切る音が鼓膜を震わせた。
そして次の瞬間にはそれは向こうでシュラと話をしていたデッちゃんの頭に直撃する。
「ぶっ!!」
見事に直撃した雪玉は一瞬で崩れデッちゃんの顔を濡らす。貴鬼が嬉しそうに歓声を上げた。
「なまえお姉ちゃんっ、おいらのコントロール見たかい!?」
「さすがだったよ、貴鬼!…で、と、とりあえず逃げたほうが良い気がする…な…」
向こうに般若がいるんだよという言葉に振り返った貴鬼が真っ青な顔ですぐにこちらを見た。
「きゃっ、で、でも敵に背を向けるなんておいらにはできないよっ」
「貴鬼、男だね!でも名誉ある撤退って言葉もあるから!だから逃げるよ!!」
貴鬼の小さな手を引いて身を翻して全力ダッシュした瞬間に背中にものすごい衝撃を受けて前のめりに倒れこんだ。貴鬼が私の名前を呼ぶ声が遠い。
「お姉ちゃーん!」
「ぎゃーっ!げほっ」
「おいてめえ馬鹿女…、自殺願望か?お前のこれは自殺願望か?それとも被殺害願望なのか?」
「へぶほへ!」
すぐに頭を踏みつけられて積もった雪に顔面が埋もれる。やばいぞ、これは死んじゃうぞと思ったときに足がどいて勢いよく顔をあげて思い切り息を吸い込んだ。
「…っ窒息するかと思った!」
「大丈夫かい、なまえお姉ちゃん!」
死ぬかと思ったと再度言った私に、貴鬼も大丈夫かい、なまえお姉ちゃんともう一度返してくれた。
ううっ、死ぬかと思ったけど君が可愛いからHPが満タンになったよ貴鬼!
「貴鬼!」
「お姉ちゃん!」
「それはなんの茶番だ」
ひっしと抱き合った私たちに顔を顰めたデッちゃんの後ろにシュラが立つ。
「デスマスク、たかが顔に雪玉を食らったくらいで何をそんなに怒っている?」
「シュラ、良いかよく聞けよ。たかが雪玉、されど雪玉」
「つまり痛かったのか。黄金ともあろうものが情けない」
「黙れ」
「いひゃいれす、いひゃいれす、へっひゃん」
頬を摘ままれて無理やり立たされる。貴鬼を抱きしめたまま立ち上がった私をシュラが呆れたような目で見た。
「何がしたかった、なまえ?」
「デッちゃん、私のおやつのミルフィーユにカスタードじゃなくてマスタード挟んだでしょ」
その言葉を聞いた彼がにやりと口端をあげる。
それにやはり犯人はこの人だったかと彼につかみかかる。
「食べ物で遊んじゃいけません!」
「食えば問題ねえだろ」
「そういう問題じゃないから!甘いと思って食べたらからかった時の衝撃がわかる!?何がしたかったの、デッちゃん!」
その言葉に彼は特に意味がないと目をそらした。シュラは顔をしかめて首を振る。
「正気か、ミルフィーユにマスタードだと?」
マスタードを入れるくらいなら砂糖でもぶち込んでおけとかなりずれたことを言ったシュラによって、このミルフィーユ事件はお蔵入りになった。
(砂糖は…ちょっと…ていうかさらさら崩れて形を留めないじゃない)
(チョコレートでも構わん)
(あ、それなら良いかも。マスタード取ってチョコ挟むことにする!)
3/5