「サガが優しいからかな、仲良くしてくれるの」
「へえ、じゃあサガはニケのことが好きとか」

冗談で言った言葉にニケは顔を真っ赤にしてカートをぱしりとたたいた。どうやらこういった話題は苦手らしい。

「サガに失礼!私なんかとくっつけちゃだめだよ、私たちは友達!」

そう言えばさっきニケは僕のことを老婦人に友達だと言った。女神が、人に対して友人と言ったのだ。沙織さんはそんなことを言わない。それはちょっとした、本当に些細な違和感とでもいうべき引っかかりだったのだ。

この女性は確かに大きな小宇宙を持っている。
サガやアイオロス、そしてアテナも認めているのだから勝利の女神ニケであることにも間違いはないのだろう。

けれど、彼女は今まで僕が会ってきた神々とは釣り合わない気がした。
それは性格であったり、雰囲気であったり、様々だ。

彼女の小宇宙は神のものだ。大きくて、安らぐアテナのものにひどく似ている。けれど纏う空気は、果たして神のものなのだろうか?


「ニケ」
「なあに、瞬君」

呼びかければメモを眺めてカートの中と見比べていた彼女がすぐにこちらを向いた。

「何故サガや沙織さんは貴女を人の名前で呼ぶんですか?」

ニケなのか、人間なのか。
僕はそんなことを知ってどうするのだろうと思ったが、それでもアテナの聖闘士としてこれから勝利の女神であるこの女性を守るかもしれないアンドロメダ座の聖闘士はそれを知っているべきだと思ったのだ。

ニケはその質問に顎に手を添えて、うーんとうなりながら目を伏せた。すぐにこちらに向き直った彼女が薄く微笑む。



「じゃあ、どうして瞬君はアテナのことを沙織と呼ぶの?」

それと一緒じゃないかなと言った彼女がカートを止めてしゃがみこむ。

「まあ私の場合、自分からなまえって呼んでって言ったのもあるんだけれど」
「何故?」
「私は勝利の女神であるまえに私だからかな」


勝利の女神である前に。


そのようなことがあるだろうか。沙織さんはアテナで、現代のアテナは沙織さんだ。それはつまりそういうことだと僕は思っていたのだが、なまえさんは違うらしい。「ニケと、なまえさんは違うものだと?」「まあ正直な話、その答えはまだ探し中なんだけどね」振り返った彼女は苦笑いを浮かべた。

ニケ、なまえ、アテナ、沙織。


サガや沙織さんは何故彼女をなまえと呼ぶのか。

僕は何故アテナを沙織さんと呼ぶのか。いや、僕は沙織さんをアテナと呼ぶこともあった。それはどういっ場合で彼女がどういった状況にいるときか。

なるほどそれは難解で入り組んだ問題であったことに間違いはないが、答えは明快であったと言えるだろう。
アテナと沙織さん、僕の考えるその違いが正しいのかは分からない。けれどアテナは女神で沙織さんは人間だ。ただそれだけなのだ。

サガや沙織さんがニケをなまえと呼ぶのはそれときっと同じような理由なのではないだろうか。(もしかしたらそれ以上の何かがあるのかもしれない)

だが兎も角目の前の女性は初めからなまえを名乗っている。しかし同時に彼女はニケだが、今目の前にいる、氷河や紫龍と黄金聖闘士について明るく語ったこの女性が勝利の女神だとは思えなかった。

「…あの、ニケ?」
「うんー?」

しゃがみ込んで下のほうに陳列されている商品を吟味しているニケの背中に声をかける。商品を手に取った彼女がしゃがんだままこちらを振り向いた。



「その、僕も貴女をなまえさんって呼んでも良いですか?」


少し図々しいかもしれないと思ったその願いに、彼女はふわりとした柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
(感じたのは、親しみ)

3/3