アイオロス、か。

よくよく考えれば、僕たちも彼のことをほとんど知らないのだ。13年前教皇に成りすましたサガから沙織さんを救って、死んだ?

それからも射手座の聖衣はアテナの危機には僕たちに協力をしてくれたし、聖戦の時嘆きの壁の直前で蘇った彼は黄金の矢に黄金聖闘士の小宇宙を込めて放ちあの壁を破壊して僕らに道を切り開いてくれた。

それらの行動は全てアテナのためだった。
アイオロスはアテナの聖闘士だ。射手座の黄金聖闘士、アイオリアの兄。それらの功績から英雄と呼ばれていて、

それから?分からない。ただ彼がアテナのために全ての行動をしていることくらいしか知らないし理解もできない。黄金聖闘士たちなら少しは違うのかもしれない。幼い頃からアイオロスと過ごしてきた彼らなら。けれどそれは僕たちじゃない。

僕たちはアイオロスという人間のことをほとんど知らないんだ。


なんとなくニケが聞きたかったことが分かった気がした。けれどそれはなんとなくで、それはニケと同じように言葉で表すことのできない疑問だ。

では、彼女は?


ニケ。なまえさん。
眼の前を歩きながら氷河と紫龍と話す彼女の小さな背中を眺めた。

そこでふと気が付く。サガは彼女を「なまえ」と呼んだ。アテナもまた、同じくだ。

だがアイオロスはどうだっただろうか。
僕らと同じ「ニケ」という呼び方を用いた。その意味は一体なんだろうか。

ニケ、なまえ、ニケ、それらの言葉が隔て別れさせる意味は?そこに込められた真意は?



「瞬君?」
「え、あ…、すみません、なんですか?」
「ううん、なんでもないよ。でもなんだか怖い顔をしていたから」
「怖い顔?あは、すみません、考え込んじゃっていて」

頭をかきながら周りを見る。もうお店についていたらしい。そういえば氷河と紫龍がいないことに気が付いてそれを訪ねれば手分けして買い物を手伝ってもらっているとニケは答えた。慌てて僕も手伝うと言えば彼女は手を振って笑う。

「いいよ、二人にも良いって言ったんだけど行っちゃった。瞬君はゆっくりしていて?」
「でも…」
「大した買い物じゃないから」
「じゃあ、僕がカートを押します」

そう言えばニケは目をぱちぱちとして気を遣わなくていいと言った。だがそういう訳ではなく気にしなくていいと返す。しかしニケも譲らない。

「瞬君、何歳?」
「13です」
「私のほうが年上だから私に任せなさい!」
「そ、そう言う問題じゃなくって」

ともかくカートくらい僕が押すと言えば、ニケがへらりと笑って「じゃあ一緒に持とう」と言った。

それに反論するまもなく、何故か二人でカートを押すことになる。どうしてこんなことになったんだろうと考えながら、鏡に映った僕とニケを見て首を傾げた。

なんとも妙な運び方だ。ぽいぽいとカートに商品をいれていくニケのすぐ隣で買い物をしていた老婦人が僕たちを見てくすくすと笑った。

「可愛らしいご兄弟ね」
「えっ、兄弟じゃないですよー。そう見えます?」
「あら…、では恋人かしら」
「違います!お友達です!」

そう言ったニケに老婦人はあらそうなのと言って立ち去った。
ニケがカートに額を預けて小さく息をつく。


「私が瞬君に手を出したら犯罪じゃない。ていうかどうしてみんな恋人に結びつけるかな」
「他にもそういう経験が」
「…うん、サガとね。サガに申し訳ないけど」

ガラガラとカートを押して進む。サガと親しいのかと尋ねれば彼女はふにゃりと気の抜ける笑みを浮かべた。

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