「今日はなまえと貴方たちを会わせたかったのです」

なまえ、とアテナが穏やかな声で彼女に呼びかければアテナが来たことで幾分安心したらしい彼女が頷いて口を開いた。

「えっと…私の名前はなまえです。歳は気にしないでください、料理は苦手です。特技はパスタを炭に変えることができることです」
前言撤回だ、いまだに緊張しているらしいなまえはなぜか自己紹介をし始めたものの、肝心なところに触れない。アテナが苦笑いを浮かべて私の名前を呼んだ。それに頷いて彼女に掌を向け青銅の子供たちに説明をする。

「なまえが勝利の女神だ。アテナと同じように、人の身を借り現世に降臨した」
「勝利の女神?」

怪訝そうにこちらを見た氷河になまえが困ったように私を見上げた。安心させるように微笑んだ後に氷河に頷けば、紫龍が首を傾げた。


「ならば黄金の丈は?」

アテナの手の中に握られた黄金の杖を見た紫龍に彼女はその質問はもっともだとばかりに頷いて目を伏せた。

「詳しい説明は今は省きますが…、かつてニケはこれに彼女のすべての力を籠めてくれたのです。しかし彼女が来てからしばらくしたある夜、これに込められていた小宇宙は全て消え去りました。なまえに還元されたのだと考えます。なまえの小宇宙は勝利の女神のそれと一致しますから」

彼女こそ現代の勝利の女神だと言ったアテナに瞬が疑問をそのままに口に出した。「ならどうして今?」勝利の女神が必要だったのはもっと前、例えば聖戦や十二宮での戦いではないかと暗に秘められたその言葉にアテナは黙り込んだ。

確かに聖戦という一番重要なアテナと冥王の争いが終わった今、何故勝利の女神がやってきたのか。またはアテナが彼女を見つけ出し連れて来たのか。私も密かに抱いていたその問いにアテナは短く答えた。


「戦略的防衛です」


果たして、本当にそれだけだろうか。アテナは恐らく勝利の女神が聖域にいることでほかの勢力が手を出すことを躊躇うように仕向けている。勝利はこちらに初めからあるのだ。つまり、他の勢力はそれを考慮して聖域と接しなければならない。

だが、本当にそれだけか?
今まで、ニケが人の身を借りてこの世界に降臨した記録など残っていなかった。なぜ、聖戦が終わったいまこの時に彼女は人の身を借りて降臨したのだろうか?

ニケが必要ななんらかの争いがまだこの先に控えているのではないだろうか。(恐らくそれは、聖戦よりはるかに激しくつらいものになるだろう。アテナ自身がそれを意識しているかどうかは確かでないが)

だがアテナはぱしりと手を叩いて、私の思考を区切らせた。彼女が微笑む。女神の笑みを浮かべる。

「ともかく。これからなまえと貴方達が会う機会は増えるでしょう」

これはそのための顔合わせですと言ったアテナにとりあえずは三人とも納得したのか頷いた。瞬がほほ笑んでなまえの手をとる。

「僕は瞬、アンドロメダ座の瞬です。よろしくお願いします、ニケ」
「白鳥座の氷河。よろしくお願いします、…ニケ?」
「俺は龍座紫龍、以後お見知りおきを、ニケ」
「瞬君、氷河君、紫龍君。私はなまえ、…で、勝利の女神…でいいのかな。よろしくね」

名前を反復したなまえの肩に背後にたったアテナが彼女の肩に手を置いて三人を見渡した。

「本当はもう一人会って頂きたい人がいたのですが、来ていないようですね、瞬?」
「あはは…、何度か呼びかけてみたんだけれど…」
困ったように笑った瞬に、アテナも仕方がないとばかりに苦笑を浮かべてまたの機会にと続けた。

「なまえと私はまだしばらく日本にいます」

良ければ遊びに行っても良いだろうと微笑んだアテナに青銅三人が目を丸くした。
当然か、勝利女神と遊びに行って来いなどという言葉をかけられることなどアテナの聖闘士である彼らは予想もしていなかったのだろうから。ならばなまえのことを詳しく知ればさらに驚くだろうことを思い、微笑ましい彼らの交流に頬が緩んだ。

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