「疲れた…」

実家の自室に入った瞬間、寝台に倒れこむ。理由は述べた通りだ。

予想通りサガを見た瞬間の家族の反応は思い出すだけでも疲れるものだった。「とうとうお前も結婚か…」という勘違い系、「どこで会ったの」という詮索系、さらには「こんな素敵な息子ができたら幸せだわ」という妄想系など、それはもう好き勝手なことを言いまくり大騒ぎをした両親や兄弟にどっと疲労が押し寄せた気がする。思い込んだ人間というのは恐ろしい。私の言葉など一切耳に入らないかのように質問攻めだ。いや、事実私の言葉を彼らはまるで聞いていなかった。しかも彼らのそれは事実無根の妄想からきた質問だから余計にたちが悪い。


「ごめんね、サガ」
「明るく良い家族だ」
「そう言ってくれると嬉しいけど…」
リビングから逃げてきて自室のソファにサガを座らせる。

時計がチクタクと音を響かせる。もうすぐ昼時であることを確認して昼食をどうしようかと考えを巡らせる。何処かに食べに行こうか。うちで食べるとまた家族が大騒ぎするだろうし、それはサガにも申し訳ない。それに私だって長時間のフライトでふらふらなのだ。落ち着いた場所で昼食をとりたい。

「ご飯食べに行く?」
「なまえの好きにすると良い」
「…マックとか?」
「日本にもあるのか」
「そりゃあ。どこにだってあるよ、あのハンバーガーチェーン」

パソコンをつけて近くの店を探す。だが当然のことながら私が日本にいた時とほとんど変わらない店しかない。寿司のチェーン店、ハンバーガーチェーン、イタリアンのチェーン店。こうもチェーン店ばかりでは少し困る。選びようがない。

「うーん…」
「なまえちゃん、お昼はどうするの?」

突然した声に驚いて顔をあげれば、小さく開いた扉の隙間からこちらを覗きこむ母と目があった。

「母さん、ノックくらいしてよ」
「あら、お楽しみ中だった?」
「サガとはそういうんじゃないから!!」
ニヤニヤと口元に手を当てて笑った母にそう言って要件は何だとせかせば、彼女はくすくすと笑ったまま言った。

「母さんたちは外へ食べに行くから、後は若い子二人で仲良くやりなさいな」

にっこり、という擬音語がぴったりなほどの笑顔を浮かべた母によって、私の反論は聞かれずに扉が閉められた。

「………」

…なんなの、若い子二人で仲良くやりなさいって?お見合いした男女か!新婚カップルか!ああもうまったく!!ただの友達だと何度言ったら理解してくれるのか!!

「…なんと?」
「…みんな外に食べに行くみたいだから、お昼は家で食べようか」

そう言えば、サガは微笑んで頷いた。

(さて問題はそうすると必然的に昼食は私たちの手料理になるということだ)

デッちゃんにもついてきて欲しかった、なんて考えながら立ち上がった。


私たちの涙ぐましい努力をここに語るには時間も頁も足りはしない。だがそれはともかく結果として昼食はそれなりのものができたと思う。ちょっと(かなり?)焦げた塩鮭、文明の利器たる炊飯器によって作られたぴかぴかのご飯、味が妙に濃いお味噌汁に大根のサラダと焦げた肉じゃが。あとは冷凍庫を漁り、食後のデザートになるアイスを発見した。うん、なかなかいいんじゃないだろうか。だが冷蔵庫を開けて問題を発見した。

「あ、飲むものがない」
「買ってこよう」
「一人で大丈夫?」
「問題ない、店の場所を教えてくれないか?」

彼の言葉に頷いて了承を示す。隣の町のスーパー?それとも少し行ったところのコンビニだろうか?
私を見下ろして答えを待っているサガと目があった。うん、彼を一人で行かせるには不安だ。サガはしっかりしているし、迷子になるとかそういう意味ではない。この美青年が町を歩いていたら町の女の子たちにナンパをされまくるに違いない。それは構わない。いや、なるべくならお昼ご飯が冷める前に帰ってきてほしいから少しは構うのだが、問題はそうではなくサガと一緒にいるのが私だということが巷の美少女たちにばれたら恨まれるに違いない。それで、闇討ちとか…、うわあ怖い。

「…サガ、帽子とサングラスつけていく?」
芸能人みたいにと言えば、通じたのか通じないのかサガは苦笑いで「すぐそこなのだろう?」と言って首を振った。

「…じゃあ、そこの自販機までお願いします」
「自販機?」
「タクシーで曲がった道に行くとね、途中に自動販売機があるからそこで好きなものを買ってきてくれると嬉しい」
「自動販売機…?」

なんだかよく分からないが不思議そうな顔をしながらも頷いたサガに財布を手渡した。


数分後非常に驚いた顔をして戻ってきたサガが「無人販売機が大量にあった。缶に入ったコーヒーは私の目の錯覚だろうか。いやそれはともかく購入後機械に礼を言われた、何なのだ、あれは?」と驚いていることに逆に驚くことになる。

(そういえばギリシアでは自販機を見なかったな、なんて考えて二人してカルチャーショックを受けたのだった)

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