「これからどうなさりますか、アテナ、ニケ」
「ええ、すぐに移動しましょう。ですがなまえが…」

疲れた。ちらりとこちらを見た三人の視線を感じながらも空港の椅子に倒れこむ。フライトも始めの5時間くらいは楽しかったのだ。つらかったのはその後だ。だんだんとお尻が痛くなってくるし、することがなくなって暇になってくるし、沙織は寝ているし、アイオロスも寝ているし、サガも寝ているし、なのに私だけまったく眠気が訪れずに起きっぱなし。なんだあの時間は、拷問か。周りからすうすうと心地よさそうな寝息が聞こえてくるのに自分だけまったく眠れない時の悔しさと言ったら…!

「分かる、沙織!?」
「何を言っているのかさえ分かりかねます」

とてつもなく厳しい一言を浴びせられてさらに打ちひしがれた。肩に手を置いてくれたサガの優しさが今は逆に痛い。

「しかも今更眠いっていうね…」
「時差ボケに気を付けてくださいね」
「うん、気を付けるよ…」

のろのろと起き上がって「で、なんだっけ」と言えば、沙織が呆れたように小さく息をついた。アイオロスがこの後の予定を立てたいと言ったのに頷いたサガが私を見た。

「なまえはどうするのだ?」
「私は一度家に戻ろうと思うんだけど…、それでもいい、沙織?」
「構いません」

彼女が頷いた後にサガを見て微笑んだ。
「それでは、私はアイオロスと先に城戸邸に戻っています。一度ここで別れましょうか。ああ…、なまえ、帰りは車をお家まで使わせますからそれをお使いください」
「うん、ありがとう」

そう言うとアイオロスとさっさと歩き去ってしまった沙織の背中を見送る。しばらく沈黙になった後にサガを見れば目があった。

「…なんか、ごめんね?」
「…何がだ?」
「いや、護衛とか…」

気にするなと微笑んだ彼に、それでもなんだか申し訳なく感じて何かを言おうとした瞬間、壁にかかった時計が目に入った。

…乗ろうと思っていたバスが出るのは何時だったっけ?


「……、ヤバいサガ!!バスが出ちゃう!!」

平日で、近くに連休もないからだろうか。正月のニュースで見るほどに人でごった返しているわけでない空港の中を走る。そしてふと気が付いた視線。女の子がみんな顔を赤くしたり何かしゃべりながらサガを見ている。うん、見たくなるよね!振り向いてでも見たくなるくらい格好いいよね!そんなサガと一緒にいるのが私でごめん!お願いだから「なにこのちんちくりん」オーラを隠さずに全面に押し出すのは私のメンタルを破壊するだけだからやめてー!

(初めから前途多難な日本旅行になる予感がビシバシとしていた)
(もちろんあらゆる意味で)


「あー、バス行っちゃったか…」

頬をかきながらすっからかんの停留所にたった。荷物を誰もいないベンチにどっかりと置いて電車の時刻表を覗き込んだ時、サガが隣で問うてきた。

「次のバスまで待つか?」

駅のように人の多いところへ向かうのにテレポーテーションは向かない。むしろなるべくしないほうがいいのだ。一般人は空間に突然人間が現れたりしたら仰天して騒ぎになるだろう。そのためなるべく一般の交通を使うべきだというサガの言うことは理解できたのだが、このままでは電車の時間に間に合わない。

「…しょうがない、タクシーを使おっか」
「タクシーか」

それなら先ほどの場所にタクシー乗り場があったからそこまで戻らなければと言ったサガに頷いて歩き始める。お昼は何を食べようか、とか後で日本を案内するねなんて取り留めのない会話をすれば、すぐにタクシー乗り場に到着する。一番前に止まっていたタクシーのもとまで歩いて行って運転手に目で合図をすれば扉が開いた。

「…!!」
「どちらまで?」
「すみません、東京駅までお願いします。…サガ?乗らないの?」
「扉が勝手に開くなど…!一体どこに人が潜んでいるのか」
「は?」

一体何を言っているんだと彼を見て、扉をがん見するサガにようやく気付く。ギリシアのタクシーは自分で扉を開けなければいけない。いや、日本のように自動で扉が開くタクシーのほうがヨーロッパでは珍しい。なるほどカルチャーショックか、なんて考えてすぐに彼の「一体どこに人が潜んでいるのか」という視点の違いに噴き出した。


さて、どうやって扉のことを説明しようか?
東京駅までしばらくある。ゆっくり話せばいいだろうと荷物を積み込んで彼の手を引いた。

(帰り際、またひとりでに開いたタクシーの扉にサガがびくりとするのに気づいてしまいまた噴き出すのはまた別の話)

3/3