「あれ、サガ?」
「荷物を持とう」
「あ、ありがとう…じゃなくて、どうしたの?」

セスナに荷物を積んでくれるサガの背中にそう聞けば、振り返った彼は不思議そうな顔で「聞いていないのか」と言った。その意味がよく理解できずに首を傾げれば、セスナの入り口からアイオロスも顔をのぞかせた。

「ニケ」
「アイオロスまで。え?これ日本に行くんだよね?」
「護衛ですよ、なまえ」

アイオロスの後ろから出てきた沙織が早く上がって来いと私を呼ぶ。サガにも背中を押されて階段を駆け上った。

「護衛がいるなんて聞いてないよ!」
「何があるかわかりませんからご了承ください」

もう出発するから早く座ってくれと椅子に案内されて座らされる。というより、今気が付いたのだがこのセスナってもしかして貸切なのか。すっかり失念していたが、さすが城戸財閥の総帥沙織…!貸切飛行機なんて人生初体験だよ、というか自家用ジェットかこれ。さすがお金持ち、レベルが違うと、アイオロスとサガといくつかこの後の予定をやりとりする沙織の隣で一般人と富豪間のカルチャーショックのしばらく打ちひしがれた。


「日本の滞在は十日間です。全てご自宅を拠点にしての行動でも構いませんが、その場合…」

沙織がちらりとサガとアイオロスを見る。意味が分からずに首を傾げれば彼女はにっこりとほほ笑んで「自宅に彼らのうちどちらかが泊まることになります」、ああ、サガかアイオロスのどちらかが私の家に泊まるわけね、なるほどわからん。

「…なんで?」
「護衛ですから」

さらりと言った沙織の肩に掴みかかる。

「私のアパートは一部屋だから泊まると必然的に同じ部屋になっちゃうからまずいって!」
「それは大変です」
「しかも自宅なんてもっと無理だよ!連れていけない!絶対母さんとか勘違いするから!」
「それは大変です」


そんな簡単な一言で済ませないで、沙織!

そうか、今まで一般人だったから護衛なんてついたことがなかった。というより今も一般人だから正直護衛なんていらないのだが、恐らく沙織の雰囲気からして断ることはできないのだろう。これは困ったことになったぞ。

アパートに泊まるのは無理だ。実家も家族が勘違いして大騒ぎするに違いない。ご飯を食べにくるくらいなら、ただの友人と誤魔化せるだろうが、さすがにお泊りとなると母さんたちがどんな反応を示すか…。恐らく勝手に盛り上がって未来の息子扱いするのだろう。それは申し訳なさすぎるから回避したい。私なんかと付き合っていると思われるにはアイオロスは良い男だし、サガも見目麗しすぎる…。

「ちょっと…無理かな…はは」
「ですが…、確かに交際前の男女の行動を考えればなまえの言うとおりです。では夜は城戸邸をお使いください。そうすれば問題はないでしょう」
「うーん…、でもせっかく久しぶりに実家に戻るわけだし…、悩むなあ」

私の予定では夜は家でゆっくり過ごすつもりだったのだがどうやらそれも難しいらしい。だからといってあの狭いアパートでサガかアイオロスのどちらかと二人っきりで夜を過ごすのは(主に私が)気まずすぎるし、それに実家でお泊り会を開催して大騒ぎになるのも避けたい。


「……邪魔じゃない、私?」
「いいえ」
「…じゃあ、沙織の家に泊まってもいいかな?」

もちろんと言って笑った沙織に礼を言って、椅子に背中を預けた。シートベルトを締めるように放送が流れそれに従う。なるほど日本での十日は沙織の家で過ごすことになるらしい。では私の考えていた予定を立て直さなければならないだろう。日本に戻ってすぐに実家に行って泊まっていく予定だったが、実家に戻った後沙織の家に行くように変更だ。

「…お出かけはいつにする?」
「四日後はどうでしょう?」
「うん!」
「ところで、なまえに会わせたい者たちがいるのです。他に時間のある日はありますか?」
「会わせたい人たち…?」

それならいつでも構わないと告げれば、彼女は少し考えた後に五日後の午後で頼むと言った。頷いてしばらくして、セスナが動き始めた。もうすぐ出発だ。

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