「サガ!」
「なまえ?」

駆けてきた女神が私に向かって手を振った。転ばないように気をつけろと言えば、なまえは笑いながら頷いて、そして転んだ。

「大丈夫か」
「また蔦にやられたよ…!!」

草原に倒れこんでそう言ったなまえに苦笑して手を貸してやる。その手を取って立ち上がったなまえが服の裾についた葉をぱたぱたと掃いながら私を見上げた。

「サガがロドリオ村のほうに行ったってアイオリアに聞いてね」
「ああ、少し村の様子を見に行こうと思って」
「私もロドリオ村に行くつもりだったから一緒にって思ったんだけど…、良い?」
「もちろん」

頷けば安心したように笑みを浮かべたなまえに何をしに行くのかと聞けば牛の世話をしに行くのだと答えた。

一瞬言っていることが理解できなかったが、どうやらそのままの意味らしい。


なるほど、勝利の女神が、牛の世話。

それはひどく不釣り合いな気がしたが、なまえがそれをしたいのなら何も問題はないだろうと納得することにした。だが、なんにせよ、

「…アイオロスには黙っていたほうが良いだろうな」
「どうして?」
「きっとうるさく騒ぐぞ、女神がしなくても下々が、というように」
「でも村にはおじいちゃんやおばあちゃんが多いからあの人たちだけで切り盛りするのはきっと大変だよ」
「ああ、事実はそうなのだろうが」

アイオロスも些か頭が固いところがあると言えばなまえはくすくすと笑った。

「お願いしたらアルデバランがね、牛の世話の仕方を教えてくれたんだ」
「アルデバランが?彼は面倒見が良いしとても良い子だから楽しかっただろう」
「うん!楽しかった!」

子牛にメルヘンバキューンちゃんって名前を付けたんだよなんて言ったなまえが、その子牛がどれほど可愛いかを熱弁していく。(とりあえず牛の名前については触れないことにしておいた。メルヘンバキューン。)

そしてなまえがふと小首を傾げて私は何をしに行くのかと問うてきた。

「足の具合が悪い老人がいるから、少し看てやろうと思っているのだ」
その言葉になまえはしばらく何かを考え込むように黙り込んだ。不思議に思って名前を呼べば、ようやくこちらを見たなまえが目をくりくりとさせながら言った。
「…私にも何かできることある?」
「…そう、だな」

まさかこの間の力を貸すと言った言葉が真実であったとは。(決してなまえの言葉を疑おうと思ったわけではないが)
少しばかり意外に思いつつ、同時にそれがひどく喜ばしく感じて微笑んだ。


「では足が悪くてなかなか部屋から出られない彼の為に花を摘んできて貰えるだろうか」
「うん!」

頷いて、今は何処辺りになんの花が咲いているのだと例を挙げていくなまえのアルトの落ち着いた声を聞きながら澄んだ青空を見上げた。「…なまえに手伝わせたことがアイオロスにばれたらきっと私も叱られるな」「えー、アイオロスだってそんな怒りんぼじゃないでしょう」「いや、あいつはなかなか手が早い」
小さいころはミロやシュラもよく彼の拳骨を食らっていたものだったと思い出して笑えば、なまえもそれは意外だと言いながら笑って私を見た。


「それじゃ、これは私たち二人の秘密だね!」


まるで子供のようなそのやりとりに一瞬自分の目が丸くなったのを感じる。なまえはそれに不思議そうな顔をした。

「…サガ?」
「…いや、なんでもないよ、なまえ」
自然と上がった口端を隠すため口を手で覆って、目を伏せた。


そしてなまえに感じていた微かな違和感の正体に気づく。彼女は純粋でまっすぐで、そしてひどく可愛らしいのだ。おそらく彼女を育てた環境がそうさせたのだろうが、それは大凡女神より人間に近いものであるように私は感じた。


“二人きりの秘密”か。


ああまったく、なんて可愛いことを言う人なのだろうか
(その気持ちは本来神に対し抱いてはならないはずのものだった)


(神か人か、答えは未だにでない)

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