「んだよそれ、嫌がらせか」
「粥だ」
「サガ、お前、俺のレシピ通りに作らなかっただろう」
「卵が見つからなかった」
「ちょっと待って、お粥に卵いれなかったの!?それならタバスコは?タバスコはいれた?」
「お前らは本当にもう二度と台所に入るな、それから食材に謝れ、今すぐ謝れ」
「ちょっとまって、お前らってどういうこと?なんで私も入っているの?」
「卵しか割れねえ女に台所に入る資格はねえ」
「失礼な!きゅうりの千切りめちゃくちゃ早いんだからね、私!」

そう言ってお粥を一気に飲み込んだ私にデッちゃんが鼻で笑った。彼はそれ以上なにも言うことはなかったが、なんだか今のはちょっと馬鹿にされていた気がする。そう思った瞬間林檎が顔面に投げつけられた。

「へぶっ」
「大丈夫か、なまえ」
「問題ナッシング…、でもデッちゃんだけは許さない、食べ物を投げちゃいけません!」
「うるせえ、黙ってそれでも食ってろ」
「痛い痛い、ほっぺに林檎を押し付けないで!そこは口じゃないから!私の頬に林檎を押し付けても吸い込まれたりしないから!」

デッちゃんの手から林檎を奪い取って自分の頬を死守した。これ以上林檎を押し付けられたら頬に林檎がめり込んだに違いない。さすがにそんな不思議ほっぺは嫌だ。

「いいか、粥にはイカだろうがタコだろうが墨なんて入れるもんじゃねえ」
「隠し味が必要だろう」
「素人が隠し味なんて考えるとああなるんだよ」
小馬鹿にするような笑みを浮かべたデッちゃんが私の寝台の上にばらばらと林檎やらオレンジやらを落として背を向けた。

「食べ物を投げちゃいけませんっ」
「うるせえ、馬鹿女」
「どこの不良少年なの、デッちゃん!ていうかどこ行くの、これはどうするの?」
「余ったんだよ」
「え?」

聞き返した私の隣で立っていたサガがほほ笑んで彼を見た。

「お前は昔から素直ではないな」
「うるせえ」
「…どういうこと?」
「見舞いに来たのならそう言えばいいものを」
「お見舞い?」
「勘違いするなよ、果物が余ったから持ってきてやっただけだ」

つまりこの林檎やオレンジは私へのお見舞いの品だったのだろうか。なんだか申し訳ない気持ちとむず痒い気持ちが一緒くたになってだらしなく頬が緩んだ。

「…えへへ、ありがとう、デッちゃん」

デッちゃんは少し変な顔をした後に黙って部屋を出ようとした。その背中にまだ言葉は終わっていないんだと慌てて声をかける。

「お礼に夕飯は私が作るねっ」

デッちゃんの足がぴたりと止まった。サガが不思議そうな表情を浮かべ、彼の名前を呼べばすぐに振り返ったデッちゃんの顔はとても歪んでいて私も首を傾げる。何故彼はこんな顔をしているのだろうか。

「デッちゃん?」
「…夕飯は俺が作る」
「え?いいよ、サガもお昼作ってくれたし、夜は私が」
「病人は黙って休んでろ!いいな、台所には入ってくるな、それからお前の料理を俺に押し付けるな、黙って俺の料理を食っていれば良いんだ!」
「…デッちゃん、それはまさか俺に毎晩味噌汁を作ってくれならぬ俺の味噌汁を毎晩飲んでくれという…」
「変な誤解をするな」
「痛いっ!妻はDV反対ですよ!」
「黙れ誰が妻だ、それ以上ふざけたことをぬかすと黄泉平坂に吊るすぞ」

そう言って扉を乱暴に閉めたデッちゃんにサガがくすりと笑った。
「仲がいいのだな」
「ええ?私嫌われてない?」
「まさか。嫌っていたらデスマスクは口もきかないだろう」
「そんなものなの?」
「そんなものだ」

柔らかな笑みを浮かべたサガに、そうだったら良いなと私も笑った。そして寝台にぱたりと倒れこむ。具合はすっかり良くなって、これ以上寝込む必要は何もないのだ。よく分からない夢ももう見なくなったし気分は良い。だからこそふと暇潰しに散歩に行かないかと聞いてみたが、サガは怖い顔をして首を振るだけだった。

「悪化したらどうする」

その一言が返ってくるだけだ。サガは心配性すぎる。心配してくれるのはひどくうれしいのだが、退屈だ。そう考えたとき、その思いが伝わったのかサガが苦笑した。

「……ならば、テラスで紅茶でも飲むか?」
「…!うん、飲む!」

がばりと起き上がった私に、サガがまた苦笑をしながら安静にすると約束するのならと付け足した。


(サガは優しいね!)
(…そうだろうか?)

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