「シオン様、お話が」
「…サガか。少し待つが良い」

跪いた私をちらりと見た彼が書類をぽいと書類の山に投げ戻し、兵士たちを全員教皇の間から下がらせた。「私が良いと言うまで誰もここへは入れるな」と雑兵の一人に言伝たシオン様が立ち上がる。
すぐに教皇の間には私たち二人だけになり、小宇宙を通じてそれを最終確認したらしいシオン様が私の前まで歩いてくる。

「顔を上げよ、サガ」
「は」

何を話しに来たのかはよく分かっていると言ったシオン様を見上げた。13年前とは比べ物にならないほど鋭い眼光が私を射抜く。


「何故、私がお前を選ばなかったのか、か?」
「―――…はい」


まったくお前は聞きに来るのが随分と遅くなったなと彼は笑う。そしてしばらく教皇の間の高い天井を見上げた後に笑みを消し去り再び私を見下ろした。


「サガよ、お前は自分が教皇に相応しいと思うか」
「それは、」
「正直に答えよ」
口ごもった私に浮かべた無表情を崩すことなく即座に言い放ったシオン様に、何を誤魔化そうと無駄だということを悟り頷く。


「ええ、少なくともアイオロスよりは人々に信頼されていると自負しておりました」

馬鹿にされるか、叱られるか、どちらにせよ否定されると思っていた。
だからこそ私は教皇に選ばれなかったのだろうから。だがシオン様は笑みを口元に浮かべて頷いた。

「そうだ。その通りだ。お前は人に信頼され、尊敬され、指導力も統治能力も申し分なく、そして誰より優しかった」
「…御冗談を」
「冗談ではない、これは私の本心だ。お前はよく出来た聖闘士だ。今も、………昔もな」
「では、なぜ!」
「だからこそだ!だからこそ、お前は教皇になってはならなかった」

彼の言葉が理解できず即座に言い返した私の言葉を遮り、鋭く断言されたその言葉に俯いた私の肩に手を置いたシオン様が顔を上げろと言う。しばらく教皇の足元と白い石畳をじっと見つめたがそうしていても何も始まらないと悟り、渋々顔を上げる。表情を引き締めたシオン様の目に随分とひどい顔をした自分が映り込んでいた。

「私の言っていることが分かるか、サガ」
「いいえ、いいえ、シオン様」

分かるものか。何故認められているのに教皇になってはならないのか、意味すら分からない。何度も首を振って否定してみせれば、シオン様はふうと息をついて言った。

「教皇に優しさなど必要ない」
「いいえ、違います。教皇だからこそ、」
「お前は甘い。お前はきっと女神だけでなく全ての人を救おうとするのだろう。だがただ一人の人間にそんなことができるか?」
「教皇の地位さえあれば」
「できぬ」

断言されて言葉に詰まる。だがそうだ、確かにその通りだった。教皇の地位を得たあの13年間でも私の望みを完遂させることはできなかった。

今この時点で正しいのは私ではなくシオン様のほうだということは理解せざるを得ない。
そんな私を見下ろしていた彼がまた口を開く。

「教皇はまず女神をお守りしなければならない。そうして、全体的な目を持って人々を守るのだ。サガ、お前は全てを平等に見てしまう、だからお前ではだめなのだ」
「人々を二の次にしろと仰るのですか!!」
「違う、人々を守るのは教皇の下に集う聖闘士たちの仕事だ。もちろん目の前にいる苦しむ人を救うなとは言わん。だが見えぬところの人々にまで目を配り、気を使えるほど教皇とは甘い地位ではないのだ。聖域のため、地上の平和のため、女神をお守りする、そのために教皇はあるのだから」
「……」
「アイオロスは、それに向いている。あれは、第一に家族よりも、人々よりも、己の大切な人間よりも、第一に女神の事を想うことができる人間だ」
「それは…」
「サガ、お前とは違う」

あまりにもはっきりと言われたその言葉に黙り込む。私とアイオロスが違うというその言葉を否定するつもりはない。

私にはあの男のことが理解できなかったことも確かだし、それは恐らくアイオロスも同じだったのだと思う。だが、それでもまだ納得がいかないことがあった。それで良かったのか。シオン様はそれで良いと思っているのか。
見上げた私に、シオン様は何を言うのか分かったのか黙って先を促す。

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