私を見ると笑みを浮かべて名前を呼んでくれたなまえの傍に歩み寄る。スポーツドリンクや果物、それから氷の入った袋やのど飴の袋など様々なものに囲まれ、埋もれてしまっているような状態のなまえに苦笑した。恐らくムウ以外の黄金も見舞いに来たのだろうと考えて容体を尋ねればなまえは「それなりだ」と答えて咳をした。
「その…、すまなかった。私のせいなのだろう」
混乱していたとはいえ、聖域にとって大事なこの女性を夜の雨の中長時間置いてしまった。その結果のこの風邪だろうと言えばなまえは首を傾げた後首を振った。
「いや、もしかしたらこの間の川遊びかも」
「川遊び?」
「…うん、まああんまり気にしないで」
苦笑いを浮かべたなまえを不思議に思ったとき、彼女の手が私の手を引いた。
「楽になった?」
「?」
笑みを浮かべたままなまえが再度楽になったかと聞いてくる。昨日の夜のことかと聞けば、なまえはそれには答えずに続けた。
「一人より二人ってね!私なんかで良かったら、いつでも相談にのるよ、はくしょん!」
「だ、大丈夫か」
鼻がむずむずすると言って咳ともクシャミともつかないそれを繰り返したなまえが気まずそうに笑う。
「あはは、かっこつかないね、私」
「いや…、ありがとう。楽になったよ」
昨日女神のように思えたなまえは、今はもうただの風邪を引いた女性にしか見えなかったが、それでも気が楽になったのは確かだった。
長い間誰にも言えなかった。この期に及んで後悔していないなどと聖闘士はもちろん女神にさえも言えなかった。けれど、なまえに言った。言ってしまった。
なまえが、私が後悔していないということを見抜かなかったら。勝利の女神というもう一つの名前を持っていなかったら。きっとあのような懺悔や告解のような行為は行うことはなかった。
許されるためではない。理解されるためではない。ただ誰かに自分のやってきたことを示したかった。そうして生きてきたということを知ってほしかった。
誰もが自分のしてきたことを悪事だと断言する、そんなことはどうでも良かった。所詮善悪の定義など個々の価値観に過ぎないから、自分が正義だと思ったそれを否定されても自分にとってそれは大した問題ではなかった。
誰が自分のしたことを曲解しようと痛くもかゆくもない。自分のしてきたことを否定し汚せるのは自分だけで、そして私はそんなことをするつもりはなかった。
それでも話したのはまだ自分の為したかったことが終わっていないからだ。それは同時に私のための救済でもあった。やり遂げることこそが私の贖罪なのだからそれは当然のことといえる。私は自分のしてきた行いを今度こそ正しくやり遂げなければならない。
10を過ぎたばかりの幼い子供たちは戦場に駆り出され続け、聖域はなおも地上を守る“女神”のためにある。人のためではない。女神アテナを昔のように疑うつもりはさらさらないが、それでも救われない人間がいることだけは確かだった。その者達を救いたかった。だから女神の名前も持つなまえに全てを吐き出した。
けれど一番に救われたかったのはきっと自分自身だったのだと思う。許しも理解も必要ない。それでも救われたかった。
その道を、神に示してもらいたかっただけだった。本当は、最初からずっと。
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