ここは女神アテナのための場所であり、決して多くの人間のための聖なる地域ではない。神のおわす場所、ただそれだけだ。
理不尽とも思える、意味さえよく分からぬ女聖闘士の掟からも見えるように外の世界では信じられぬような女性差別。そして聖衣を東洋人が継ぐのはおかしいと陰口をたたく者が多いことから理解できるように、人種差別も未だ平然と行われ、ろくな医療もそろわない中で虐待といえるレベルの行為を強要し、女神のためだと子供が殺されていく場所、そう、聖衣一つの継承のためにも数十という子供が殺しあわされる、それが聖域だ。


「私は、知っている。彼らを知っている。名前を、顔を、生き様を」


一様に口をそろえて女神の為にと死んでいったものばかりではない。無理やり連れてこられて家に帰りたい、母に会いたいと泣きながら死んでいった子供は少なくはなかった。アテナをお育てしたという城戸家の光政翁、彼が送り込んできた100人の子供の九割が故郷の土を踏むことなく死んでいったように。

それはこの場所では日常だった。


それが、地上を救うと謳うアテナ女神の箱庭だった。


聖なる地とは何か。それはつまりアテナ女神のためだけの場所だ。木も石も水も人さえもアテナのためだけに存在する、全てをアテナが持つ女神の聖なる地。
その存続のためには、そして女神のためならば人間が死ぬことなど大した問題ではない。

これほど馬鹿らしい話があるだろうか。

地上を愛し守るというアテナのために人が死んでいくのだ。この事実に気が付いたとき、気が遠くなったあの感覚を忘れることはない。私は何を守るのか。女神は何を守るのか。私は何をすべきなのか、誰を救うのか、


「教皇さえも、そんなことは気にしなかった。当然の犠牲なのだと、地上を守るためには致し方のないことなのだと、目の前で泣き叫ぶ子供に救いの手を差し伸べることもなかった。…いや、シオン様は仕方がなかったのだろうか。あの方は老師とは違う。女神に術を施されていたわけでもない。だから、あの方にはもはや誰を救う力も気力も残っていなかったのだ。己自身を救う力も含めて。それはこのサガが繰り出した拳をよけることもできなかったことが証明している」

今のあの方なら易々とよけられるだろうそれは、あの時のシオン様の胸に容易に吸い込まれた。あの方は、すでにどうしようもない程に老いていた。

だが、そんなことはなんの言い訳にもならないのではないだろうか。自らに統治する力がないのなら、早くその座を空けるべきだったのだ。
無能な権力者ほど振り回され組織を駄目にする。

…いや、だからあの方はその座を譲ったのだ。


このサガではなく、アイオロスに。

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