「教皇ではなく、教皇補佐だ。だが、次期教皇にも変わりないな」
「どうして?もしかしたら次期教皇は変わるかもしれない」
「そのような希望論で自分を騙せと言うのか」

こんなにも攻撃的な物言いをするサガは初めてで一瞬だけ息をのむ。それにすぐ言葉を発しようとしたが、とりあえず待つことにした。今は落ち着くべきだ。

それにここはひどく寒い。サガに宮の中に戻ろうと言ってみるが彼はまるで聞いている素振りさえ見えなかった。

私の腕を掴むサガの手が、そして私の手が触れている彼の頬がひどく冷たい。いったいいつからここにいたのだろうか。
早く雨の当たらない場所でびっしょりで冷たくなった服を着替えるべきだと思うが、彼はまったく動く気配など見せず地面を見つめたままだ。

だがしばらくそうしていたサガは、やがて再び口を開くと自嘲気な笑みを浮かべて言った。

「なるほどアイオロスは、仁智勇に優れているし性格もこの上なくアテナの聖闘士にふさわしいと言える。当然の結果か」
「……ねえ、納得していないのに、どうして無理にそう思い込もうとするの?」
「………」

サガは、それに答えなかったが今の彼の状況を見てシオンの決定に納得をしていると思うことはできなかった。そもそも納得をしていたのなら、いつまでもこんなところで雨を浴びて立ち尽くして泣いていることもなかったのだろう。もう涙の乾いた目元をもう一度覗き込む。(代わりに雨に濡れていた)


「…私は、あの時とはさらに状況を異ならせてしまった」

抱くだけではなく実行して罪を犯したと呟いたサガに少しだけ困る。聖域で何があったかはすでに沙織に聞いている。だがそれも要約したものだった。だからこそサガが言う状況を異ならせたということがなんとなく理解できてもそれ以上先を言及できない。そもそも私はその時その場所にいなかったのに、彼に何かを言う権利があるのだろうか。

聖域に来てまだ一か月ほどしか過ごしていない私が、彼に何か言うことが許されるのだろうか。


それは分からない。

けれど、目の前で俯くサガはいつだって私に優しくしてくれた。
小宇宙の使い方や聖域のことを教えてくれたし、一人で歩き回っているときには声をかけてくれた。慣れない生活で失敗をしたこともあったけど、この人は一度だってそれを咎めたりはしなかった。

サガは、いつも優しかった。

私という存在と向き合おうとしてくれていた。それなら、私もそれに報いるべきではないのだろうか。そして、今がその時ではないのだろうか。(サガという個人と向き合うべきなのだろうと思う)


権利とか、許されるとか考える前に、私にはこの人と向き合わなければいけないと、ただそう感じた。

「……」

そっと彼の冷たくなった頬に添えていた手を離した。サガがそれに反応して私を見上げたから、私も彼の目をまっすぐに見た。はあ、と吐いた息が白い。


「…貴方のそれは後悔?」
「……」

サガは答えなかった。けれど、今までの彼の言動に真意がなんとなくわかっていたから答えを求めずに言葉を続ける。

「…違うよね。貴方は後悔などしていない、そうでしょう」
「………なまえ」

しばらく黙って私の言葉を聞いていたサガはやがて小さく息をつくと頭を振った後に重苦しい調子で吐き出した。


「私は多くの人を殺した」
「…うん」
「恐らく人には罪と呼ばれるだろうことも行った」
「うん」
「あの子に、ひどく尊敬して懐いていたあいつを誅殺させた」
「……」
「まだ幼いアイオリアから兄を奪い、憎まれ貶され続ける恐ろしい経験を強いた」
「…うん、それでも貴方は後悔していない」
「そうだ、私は、私に出来うる全ての事をやりきったと、そう思っている」

そしてそれこそが私にすることが許されたたった一つの行為だったのだと、彼はもう俯くこともなく嘆きの表情を浮かべることもなくはっきりと言い切った。


(それが、彼の明白な意思表示だった。)

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