ばたばたと駆けこんできた足音に、何事だと思いながら部屋から出れば濡れ鼠のようにびっしょりになった勝利の女神と目があった。彼女は俺に気付くと「なんでもないから気にしないで!」と叫んで走り抜けようとする。その手を掴んで足を止めさせれば、女神は不思議そうに振り返った。

「シュラ?」
「そのまま教皇宮まで行くつもりか?」
「うん」
「風邪をひく。来い」

何やらぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた彼女を無視して手を引いた。部屋に入れて、洗面所へタオルを取りに行く。バスタオルを一枚と普通のタオルを二枚持って部屋に戻れば、彼女はなぜか部屋の隅で正座をしていた。

「…何をしている?」
「いや、お食事中にお邪魔して本当に申し訳ないというか…」
「ああ…、気にするな」

そう言ってタオルを渡せば、彼女は申し訳なさそうな顔で受け取った。頭をわしわしと拭く彼女に何をしていたのかと言えば、苦笑いを浮かべる。

「急に雨が降ってきて…、さっきまで晴れていたからやられちゃった」
「ああ、雨が降ってきたのか」

言われてみれば雨音が聞こえる気がする。宮の奥だから気が付かなかったと考えながらココアをいれて彼女に渡してやればニケは少し驚いた顔をしたがすぐに笑顔を浮かべた。

「ありがとう、シュラ!」
「いや」
「うー、温まるわー」

なんともしまりのない顔を浮かべて壁に背中を預けたニケに椅子を進めるが、彼女はものすごい勢いで首を振る。

「びっしょりだから」
「…着替えなら、貸すが」
「それはありがたいけど、あの、サイズが、さ…」

どこか哀愁漂う表情で地面に視線を落とした彼女を見た。確かになまえは自分よりかなり小さいから俺の服など来てもぶかぶかだろう。だが、だからといって女神をびっしょりのまま返すわけにもいかない。

磨羯宮から教皇宮までまだ少しある。このままよりはましだろうとシャツとセーターとズボンを引っ張り出した。着替えてこいと彼女を洗面台に押し込めば、女神は扉の向こうから礼を叫んできた。

「ふえっくし!」
「大丈夫か」
「あー、うん、もう歳かな、はは」

扉の向こうで笑っていた彼女がさっさと着替え終わったのか濡れていた服を持って顔をのぞかせた。が、その表情がなんとも微妙なもので首を傾げる。

「…あの、やっぱりサイズが」

そういって出てきたのは服に着られていると表現したくなるような女神だった。分かり切っていたが、まったく服のサイズが合っていない。だぼだぼの裾を引きずらないようにつまみながらやってきた彼女につい笑みがこぼれた。まるで子供のようだ。

「ごめんね、お借りします…」
「いい、気にするな。傘も持って行け、それからこの袋に濡れた服をいれろ」
「…シュラって、」
「なんだ?」
「なんかものすごく面倒見良かったりする?」
「…さあ」

弟子など持ったことないし、それはよく分からないが。微妙だなと言った俺に、彼女は笑って頭を下げた。

「助けてくれてありがとう!」

柔らかな笑顔だった。


(おい、山羊…っておい、なんでお前がここにいるんだ)
(あっ、デッちゃん!こんばんは!)
(しかもその服…、まさかお前ら…!悪いな、邪魔して。帰るぜ)
(デスマスク、下卑た妄想ばかりするその脳を切り出してやろうか)

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