「サガァッ!!助けてええええっ!!」
そんな悲鳴にもにた叫び声とともに背中に衝撃を感じた。振り向かずとも日に日に大きくなっていく小宇宙を感じれば、それが誰かなどということはすぐに分かった。(何故背中に突撃されたのかは分からないが)


「なまえ、そんなに騒いでどうした?」
「バキャァベキボキドゴオオオンって!!」
「すまない、ギリシア語で頼む」
「ヒュッバキャメキィ、ボイーシア!」 
「…なまえ、ここは地球だ」
「分かっているよ、それどういう意味!」

とりあえず落ち着いて何があったのかを言ってくれと頭を撫でてやろうとしたとき、もう一つ小宇宙がこちらに駆けよってくることに気が付いた。それが私たちのすぐそこでぴたりと足を止める。そちらに視線をやればよく知った男が目を丸くして立っていた。

「サガ?」
「…アイオロス、何か用か?」
「いや、私はニケを追いかけて来たんだが」
「なまえならここに、」

背後に隠れたなまえの肩を押してやれば、彼女は顔面を真っ青にしながら首を振り続ける。「彼は私を殺す気満々だったね!」そう言ったなまえに、アイオロスはまた目をぱちぱちとさせた後にげらげらと笑いだした。

「ああ、違うんだ、そういうつもりはなかった」
「…何をした?」
「いや、アイオリアと訓練をしていたんだが、つい勢い余って柱を蹴り崩してしまって」
「…丁度そこになまえがいたというわけか?」
「いやあ、驚いたさ」

頭に手をやって笑ったアイオロスがこちらに歩み寄ってくる。だがすぐに、警戒心丸出しのなまえの手を取って傅いたアイオロスに彼女はあわて始めた。

「驚かせして申し訳ありませんでした、ニケ」
「えっ、いや、そんなかしこまらなくても!だからといってデッちゃんみたいにボコスカしてくるのもあれだけどっ、とにかくそんな畏まらないで!!」
「アイオロス、なまえもこう言っているから」

顔を上げてやれと言えば、アイオロスは実に不思議そうな表情を隠すことなく私を見る。

「彼女は女神だ」
「その女神がこう言っている」
「礼儀は弁えねばならない、サガ」

前を見据えてそう言うアイオロスに言葉に詰まる。彼の言う礼儀と私の考える礼儀は交わるものなのだろうか?その考えに答えが出ることがなく、それ以上言葉が続かない。一瞬の沈黙の後に、なまえが口を開いた。

「ところで私、目がおかしくなったのかも。病院ってある?」
「いや、ここには…。どうかしたのか?」
「アイオロスが足で岩の柱を蹴り壊したように見えた」
「…目はおかしくなっていないから安心すると良い、なまえ」

そうか、初めて見たのかと苦笑いする。

なまえは長らく日本でふつうに暮らしていたらしい。一般人の中にまさか素手で岩を砕き蹴りで大地を割るような人間はいなかったのだろうし驚くのも無理はない。いや、驚くだけならまだいい。中には恐怖を感じるものまでいる。

そう考えてなまえが少し心配になったが、彼女は目をぱっちりとさせてこちらを見上げてきた。

「気のせいじゃないの?」
「ああ、そうだな」
「サガも?」
「…ああ、そうだ」

怖がられるだろうかと、少し眉を落として頷けばなまえは私をじっと見た後に呟いた。

「…オリンピックにでも参加してみたら?」

あまりにも唐突なその一言に、アイオロスが噴き出し、私は自分の予想が見事に裏切られたことにどこか安心していた。


(オリンピックは平和の祭典だ)

2/5