「冷たいけど、楽しいよ。部屋で刺繍をしたり本を読んだりっていうのも良いけど、たまにはこういうのもさ」
「………しかし、」

なまえはただ笑って立っていた。やがてなんだかこうしているのが馬鹿らしく思えて私も靴を脱ぎ棄てる。そっと川に足先を浸してみた。

「つ、めたいです」
「冬だからねー」
「貴女は何を考えているのですか、こんな季節にこんな川に入るなんて」
「沙織もね!」

くすくすと笑ったなまえに、つられて私も笑った。そして湧き上がった悪戯心からつま先で水を蹴ってなまえにかける。「ひゃあ!」と悲鳴を上げたなまえは目をぱちくりとした後ににやりと笑って屈みこんだ。

「やったなー!ふっふっふ…、水鉄砲の恐怖とくと味わえっ!」
「え、きゃあっ!な、何をするのですか!一体手の中になんの仕掛けが!」
「水鉄砲っていうんだよ、これ!」

笑いながらなまえが握り合った手から水を飛ばしてくる。それを顔面に浴びて、私は両手に水をすくってなまえにかけた。なまえが悲鳴を上げる。気が付けば二人とも全身びっしょりで、なまえが額に張り付いた髪をかきあげながら笑った。


「あっはっは…、帰ったら一番にお湯につかりたいねえ!食らえっ、ハイドロポンプ!」
「きゃっ!どこかで聞いた技名ですが…それはさておきその意見には同意します、なまえ。えいっ」
「つめたっ」

頭上で小鳥が囀りながら飛んでいく。木々が風にすれて、木漏れ日がきらりきらりと水面を照らすのを二人で眺めながらひたすら水を掛け合った。すっかりびっしょりになって、二人して同時にくしゃみをするまでそれは続いたのだから、たぶん30分くらいはそうしていたのだと思う。

「寒い」
「ええ、とても」
「帰ろっか、沙織」
「そうですね、なまえ」

鼻をすすりながら言ったなまえに笑いかける。二人とも指先と足先が真っ赤でお揃いだと言えば、なまえがけらけらと笑った。そしてじゃばじゃばと川から出て草を踏んだ。日に照らされたそれの暖かさを足裏で感じながらスカートの端を絞る。

「見てください、なまえ、雑巾のようです」
「私のシャツもだよ」
「このままでは風邪をひいてしまいます」
「調子に乗ってすみませんでした…」

苦笑いでシャツを絞ったなまえに首を振る。

「いいえ、楽しかったです。次は是非夏に。さあ、急いで戻りましょう。その時は…分かっていますね、なまえ」
「分かっているよ、沙織。誰にも見つからないように、でしょ?」

悪戯っ子のように笑ったなまえに、私も笑った。こんなところで全身水浸しになっているのが聖闘士たちにばれたらきっと怒られるに違いないから、こそこそと教皇宮に戻る道を相談する。誰にも見つからずに十二宮を突破する、なんてひどく難易度の高い行為なのだが、それすらもなんだか楽しく思えてきて笑った。こんなことをしたのは初めてだ。


(初めて川で遊んだ日)

3/3