「転びますよ、なまえ」

川を覗き込みながら岩の上をぴょいぴょいと歩くなまえの背中にそう声をかける。常葉の木々の隙間から漏れる木漏れ日が私の言葉に頷いた彼女の頬を照らした。

「うん…、あっ、沙織、見て、魚!!」
「ええ」
「ね、沙織はつかみ取りとかやったことある?」
「つかみ取り?魚のですか」

頷いた彼女に首を振る。幼いころからそのような遊びをしたことはないと、川を泳ぐ魚に目をやった。それを見ていたなまえがふいに靴を脱いで靴下をぽいっと木の幹に投げ捨てる。一体なにをするのかと思ったときにはもう遅く、ズボンを捲し上げた彼女が川に飛び込んだ。

「なまえっ!!?」
「つめたっ!!さむーい!!」

何がおかしいのかけらけらと笑いながらつま先で水面を蹴った彼女の靴下と靴を拾い上げて近づく。

「当然です!何を考えているのですか、風邪をひきますよ」
「見ていて、私つかみ取りのプロって地元じゃ有名だったんだから!」
「あっ、なまえ!話を聞きなさい!」

ばしゃばしゃと川の中を走るなまえのズボンのすそを、跳ねた水が濡らして色を変えた。私はただどうすればいいか分からず川の目の前で固まる。そんな間にもなまえは魚を追いかけまわしてびっしょりになっていく。

…と思った瞬間、彼女が飛んだ。そして浅い川にダイブする。怪我でもしたらどうするんだと声を上げた私の前で、彼女は笑いながら捕まえた魚を掲げた。

「鮎だっ」
「どうするのですか、その魚…」
「…食べる?鮎の塩焼き」
「…先ほど昼食をとったばかりです」

そういえばなまえは笑って「そっか」というと魚をまた川の中に返した。逃げるように泳ぎ去っていく魚を眺めたあと、なんて自由な人なんだろうと少しばかり呆れて彼女を見ると目があった。なまえが笑う。

「沙織もおいで」
「今は冬です、水遊びの季節ではありませんよ、なまえ」
「夏なら水遊びをしたことがあるの」
「…いいえ」

そう言えばなまえがふわりと笑う。

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