「おにーさん、眉間にしわ寄せすぎていると小じわが残っちゃうよ!」
「死すべき人間と一緒にするな!!」
「わーっ!」

頬を思い切りつねられてなまえが悲鳴を上げる。おお、よく伸びるななんて考えて慌てて頭を振ってその思考を振り切る。そうしてタナトス様となまえの間に入って聖域からの使者にあまり乱暴な真似をしないでくれと頼みこんだ。
じろりとこちらに向いた視線にびくりとした時、なまえが庇うように私の前に立つ。

「おにーさん、眉間」
「お前はどれだけ皺に執着するんだ」
「皺は馬鹿にしているとヤバいんだよ、本当!!」

不死である神々にそんなことは関係ないというのに、なおも眉間のしわに執着する彼女に隠れて笑えば、タナトス様は舌打ちをしてなまえの頭を叩いた。小さな悲鳴が上がって、抗議の言葉を並べるなまえの頭をタナトス様が鷲掴みにする。

「…おい、小娘」
「いたたたたっ髪の毛っ、髪の毛つかまないでっ…、って、え?」

ずいと目の前に差し出された青い宝石のついたブレスレットになまえが首を傾げる。それをじっと睨みつけるように見下ろしていたタナトス様がなまえの頬にぐいぐいと押し付ける。

「なに、何をするの、いたたっ、ちょ、刺さっているから!たぶん宝石の部分刺さってるから、痛い!」
「これを持って帰れ」
「え?」

頬を庇うように出されたなまえの手にタナトス様がそれを握らせる。なまえは突然手の中に落とされたそのブレスレットに目を白黒とさせてタナトスを見上げた。だがすぐに慌てたようにそれを彼に押し返そうとする。

「もらえない、こんな高そうなもの!」
「もともとこれは俺のものではない。お前が俺に押し付けたものだ」

そう吐き捨てた彼になまえはますます意味が分からないといった風に眉を下げる。

「え、人違い、」
「お前が俺に押し付けた。もういい加減に持って帰れ。俺にはこんなものは必要ない」

パンドラと名前を呼ばれて一礼する。もう行けと言うのだろうとなまえに微笑みかけて手を差し出した。

「行こう、なまえ。サガのもとまで案内する」
「え、でも、…」
「それはお前のものだ」

なおも困ったようにブレスレットとタナトス様を見比べたなまえの額を叩いたタナトス様になまえは諦めたようにブレスレットを握り締めた。「返してほしくなったらいつでも言ってね!」「そんな日は未来永劫来ない」そう言って顔をそらしたタナトス様になまえはなおも何かを言おうとしたがやがて口を噤んでこちらへ歩み寄ってくる。

「じゃあ、パンドラ、案内お願いします!」
「気にするな。…ではタナトス様、失礼いたします」
「さっさと行け。…それから、おい」

じろりとなまえを睨み付けたタナトス様に彼女が小首を傾げて振り返る。その顔をしばらくじっと見つめていたタナトス様はやがて踵を返して呟いた。

「次来るときはもう少し神らしくしているのだな、…ニケ」
「ふっ…ふふ、」
「…パンドラ」
「はっ、失礼しました」

次来るときは、など…。また来いと言っているようなものではないかと笑った。(素直でない神だ)
さっさと歩き始めた彼の背中を見つめていたなまえがこちらを見る。

「ニケって呼ばれた」
「なまえがニケだからだろう」
「認めてもらえたのかな?」
「ああ、恐らく」

しかも次来ることも認めているのだから、と言葉を続ければなまえはふにゃりと笑った。「えへへ、良かった」そう言って笑ったなまえがあまりにも幸せそうでついついこちらの頬まで緩む。

「では、行こう」
「うん、パンドラ!」



(そして差し出された彼女の小さな手を引いた)

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