「ありがとう!すっごく綺麗だったよ!!」
「そう…か、こんなものでよければいつでも聞きに来てくれ、ニケ」

少し照れながらそう言えば、彼女はぴたりと動きを止めて小首を傾げた。

「あの、ね、」
「なんだ?」
「私のこと、なまえって呼んでもらってもいい?」
「なまえ…?」
「うん、私の名前!」

嬉しそうにそう笑った彼女に、ああこの女神もアテナと同じなのかとようやく気付く。屈託のない笑顔も、人懐こいところも、どこかマイペースそうなその性格も恐らく人間に育てられ、人間として生きて来たからなのだろう。冥界の神々とは違うそれに、少しの居心地の悪さと不自然さを感じながらも決して不愉快なものではないということに気付いて笑みを返した。

「分かった、ではなまえと呼ばせてくれ」
「ありがとう!」

ふわりと笑みを浮かべたなまえに私も笑い返す。

「ではそろそろ案内をしよう、」
「おい」

立ち上がった瞬間、背後から声がかかった。それはよく知ったものだったのだが、その神がここにいるわけがない。そうは思ったが振り返ってみて、やはりそこにいた神に慌てて膝をついた。

「…タナトス様!?何故このような場所に、」
「黙れ、パンドラ。用があるのはお前ではない」

ぐいと乱暴に肩を押され道を譲る。その先にいるのは、なまえだ。まさか彼女に何かをするつもりかと慌てて手を伸ばした私の行為を遮るように、彼女がまの抜けるような明るい声を上げた。

「おにーさん、さっきぶり!」
「…小娘、本当のところを言って行け、お前はアテナに送られてきただけで本当はただの人間だろう」
「すみませんすみません、女神で人間ですみませんっ」
むぎゅ、と頬を手でつままれながらなまえがそう言う。それが気に入らないのか、タナトス様の小宇宙が僅かに燃える。それになまえも慌てたように手をばたばたとさせながら叫ぶ。「私がニケだと何か都合が悪いんですかっ」という彼女の言葉にタナトス様が眉を潜めて睨み付けた。

「俺はお前がニケだなどと認めん。あの女はお前のように馬鹿面を浮かべることはなかった。あの女はお前より落ち着いていた。そしてお前よりはるかに巨大な小宇宙を持っていた。お前はニケではない、女神ですらない、お前は人間だ」

再度人間だと続けるタナトス様に、今度はなまえが眉を潜める番だった。私はただどうするべきか分からずに彼らの後ろでおろおろするしかできない。そんな雰囲気の中でなまえはじっとタナトス様を見上げて口を開いた。

「貴方の言う神とか人とかそんなに大きな問題なの?何か大差がある?」
「…その言葉、」

やがて舌打ちした彼が彼女から手を離した。赤くなった頬を両手で押さえたなまえがタナトス様を見上げて眉間に指を当てた。ぐりぐりと眉間を押す彼女にタナトス様がイラついたように彼女の腕を取る。だが、なまえは大して気にしていないかのように笑って言った。

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