「アテナよ、貴女は平和を恒久でかけがえのないものと考えているようだがそれは違う。平和とは所詮仮初、軍事力の平衡均衡から生まれる休戦状態にすぎぬ。パクス・ロマーナもパクス・アメリカーナもやがて終焉を迎えもとの諍いと争いの混沌に戻るであろうよ。そしてそれは我等にとっても他人事ではない。貴女がどう平和を考えていようといずれ三界の平和条約もまた同じ状況に置かれよう。つまりニケ、勝利の女神という存在を余が知りたいと思うのは当然のこと。そして、貴女が平和を信じているのなら女神をこちらによこしてもなんら不自由はないはずだ。何もとって食おうなどとは考えていないのだからな」

私が何かを言う前に、ハーデスがすぐにまた口を開いた。

「歴史は繰り返す。されどそこから学ぶこともできるだろう。アテナ、平和たる時間を伸ばそうと余は進言しているのだ。一体何が不服か」

黙りこんだ私にハーデスが続ける。

「貴女にとっても悪い話ではあるまい。信頼を勝ち取ることができようからな」


どうやら断る選択肢はないらしいことに気が付いて小さく息をついた。


「…良いでしょう、貴方がそのように仰るのなら、ニケを冥界にやります。ただし彼女に決して危害を加えぬこと、これだけは守っていただきましょう。そしてこちらから一人、護衛をつけさせます」

彼女は戦う力を持たないのだからと伝えればハーデスは軽く頷いた。
「今すぐに聖戦を再開しようなどという気を余は持たぬ。好きにしろ」
「結構、でしたら時期はいつになさるのですか?そちらの準備が整い次第女神をそちらに送ります」
「いつでも構わぬ。アテナ、貴女こそ独断でこのようなことを決めても良いのか?後で勝利女神が何と言っても余は知らぬぞ」
「物わかりのいい方ですからご心配には及びません」

なまえならきっと笑顔で了承してくれるだろうと聖域に置いてきた彼女を思い出して笑みを浮かべた。それを見た彼はもはや何も言うことはないと思ったのか一つ頷くと立ち上がる。

「では今日はこれで解散にしようぞ」
「ええ、またお会いできることを楽しみにお待ちしております、ハーデス」

冥王は私の言葉に返事をすることなくテレポーテーションで姿を消した。それをじっと見送った後に私も聖域に戻ることとする。まずはなまえに事情を話して準備をしてもらう。そして護衛は…シオンは忙しいのだろうから無理だ。

デスマスクはなまえと中々親しいように見えたが、まさか冥界で殴り合い蹴り合いの喧嘩をされると少し困るので却下だ。…サガ、はどうだろうか?ああ、それが良い。式典の時の舞の練習を共にしていたようだし、彼ならよくやってくれるだろう。実力にも申し分ない。そうと決まればあとは聖域に戻って最終調整だ。


勝手にこのようなことを決めてきてしまって、またシオンに何か言われるのだろうなと苦笑しながら、私もその場を去った。

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