青空を白い雲が流れていき、窓にとまった白い小鳥が部屋をのぞいてチュンとなく。清々しい朝の一場面だったのだが、教皇宮は朝早くから今日実施される祭典に合わせて慌ただしく準備が行われていた。そんな中、シオン様の怒声に近い声となまえの困ったような声が響く。


「いや、本当ただ転んだだけなんだって」
「いい加減にしないか、なまえ!!」


何故嘘などつくのだと声を荒げたシオン様に、なまえは困ったような顔をして視線を泳がせる。そんな彼女の周りを女官が駆け回り、髪飾りをつけ、首飾りをつけと着飾らせていく。あっというまに美しい装飾品に彩られた彼女の顔に女官たちが今度は化粧を施していく。

シオン様はそれを、顔をしかめて見つめていたが、やがて女官に遠まわしに邪魔と告げられ私と共に退出することになる。その際にちらりと覗き見た彼女は目を伏せていたため表情が読み取りにくく、その考えははかり知ることはできなかった。

「…どういうことだ?」
「…わかりません」
「あれではまるで犯人を庇っているようではないか」


それは確かに私も感じていたことだった。どう考えても転んで受ける傷ではなかったのは、私もアイオロスも、アテナさえも確認している。それを彼女はただ転んだだけなのだと永遠に言い張る。それはつまり、犯人を庇いたいということではないのだろうか。では、

「犯人は近しい人間だということでしょうか」
「何故そう思う」
「他人ならば庇うことはしないでしょう」
「…人間ならばな。…だがなまえは女神だ。アテナのようにすべてを愛しているのなら、初対面の人間さえも庇いかねん」

だがそれを言ってしまっては、何も分からなくなってしまうと言えばシオン様も頷いて小さく息をついた。

「それも、あの場所にいたのは迷って入り込んでしまったからだと言っている」
「…途中には巫女たちの生活する場所があります」

つまり、そこを通らずにはニケ神殿にはいけない。まさか迷っている人間がほかの人間に助けを求めることもなくふらふらと無視して通り抜けるだろうか。それに迷ったという言い訳では外から施錠されていたことの説明がつかない。

「…本人が言い出すのを待たなければならん」
「今、鷲座に調査をさせていますが…」
「人数を増やせ。必ず見つけ出すのだ。これは神に対する不敬罪だ、許されるべきではない」
「…はい」


神に対する不敬罪。

その言葉の曖昧さがひどく引っかかったが、それは今は気にしないことにしてシオン様の言葉に頷いた。…その刹那、部屋から美しく着飾ったなまえが飛び出してくる。その目があまりにもきらきらとしていたものだから、私もシオン様もそれまでの話を飲み込んで彼女の顔を見た。

いったい何を言い出すのだろうか、それほどまでに嬉しそうにした彼女は私たちの前まで駆け寄ってくると拳を作って言い切った。

「化粧の力って偉大!!」
「…ああ」
「ある意味人類の生み出した最高の芸術じゃない、これ!?顔は動いているのになかなか落ちないし、でも落とそうと思ったらすぐに消えるはかないもの!なにこれ芸術!!」

きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃぐなまえの後ろから女官長がものすごい形相で追いかけてくる。それに気が付いたなまえが顔面を蒼白にして謝罪を連発する。

「ニケ、まだ終わっていないと言ったでしょう!!」
「ぎゃああ!ごめんなさいごめんなさいっ、ってまだアクセサリーつけるんですか!?いい加減頭が重い!!!」
「ふっふっふ、こんなのはまだまだ序の口ですよ。さあ、いらしてください!」
「い、いやあああ!肩凝るー!!」

ずるずると引きずられるように部屋に戻っていったなまえと女官長を眺めていたシオンが呆れたようにため息をつく。

「…まったく、アテナ以上に自由な女神だ」
「ええ、そうですね」

だがそういったものの笑みを浮かべたシオン様に私も笑みを返し、彼女の引きずられていったほうを眺めた。

4/5