瞼を閉じて寝入った彼女の傷を見ているとすぐにアテナが神殿内に駆け込んで来るのを感じた。彼女は迷うことなく神殿の中を走り、すぐに私のもとへやって来る。

「サガ!な、なにをしていたのですか!ニケ神殿の立ち入りは」

許されていないと言ったアテナが、私の腕の中で眠るなまえを視界に入れた瞬間、目を丸くして、すぐに彼女の傷に気が付くと顔面を蒼白にして駆け寄ってくる。

「いったい何事ですか」
「分かりません。ただ、強い小宇宙とともに彼女に呼ばれ、訪れた時にはすでに」

ニケ神殿の立ち入りが禁止されていることを知って侵入した罰なら受けると伝えれば、アテナは首を振った。「…いいえ、なにか緊急の事態だったようです…。問題にはしません」
「…申し訳ありません」
「いいえ。久方ぶりに彼女の小宇宙を感じ、駆けつけてきたのですが…」

今は小宇宙も安定しているようですし、ひとまず安心はできるといったアテナがなまえの頬に手を伸ばす。

「…ひどく腫れています」
「ええ、それからほかにも外傷が見受けられます。何者かに暴行を受けたことは間違いないでしょう」
「…明日はもう祭典の予行だというのに、このような時期になぜ女神たる彼女に暴行を加えるような輩がいるのですか」
「分かりません。早急に調査を」
「ええ、シオンに伝えておきます。サガ、なまえの治療を任せても良いですか」
「御意」

とりあえずは彼女を寝かせることのできる場所までアテナと共に向かい、女神はそこで小宇宙で要件を伝えながら教皇のもとへ急ぎかけて行った。私はそれを見送った後、彼女の頬に触れて小宇宙を流し込む。少しずつ、なまえに合わせて流し込むそれに、ゆっくりと傷が癒えていくのを確認していると背後から声がかかった。

「サガ」
「…アイオロス?」
「小宇宙を感じて来たんだ」
「そうか。ほかの黄金は?」
「シオン様が宮で待機して、通過する人間はすべて調べろと通達されたから動きはない」
「…なら、なぜお前がここにいるのだ」

また勝手に抜け出したなと言えば、アイオロスはへらりと笑って頭をかいた。

「いやあ、私のところに連絡が来たのはもうここのすぐ近くにまで来ていた時だったからなあ。今から戻ることもないだろうと思って、あとはシュラとミロに任せて来た」
「お前は本当に相変わらず自由な男だな」
「それってほめている?それとも貶しているのか?」
「好きに取ればいい」
「…まあいいか、ニケ女神は?」
「眠っている。ただ、何者かに襲われたらしい」
「…女神を襲う?」

私の言葉に眉を潜めたアイオロスが彼女を覗き込む。もうほとんどの傷は癒えていたが、服の汚れまでは誤魔化せない。さらに私たちはこれでも戦闘職だ。この汚れがいったいどんな状況でついたものなのかはすぐに分かった。だからこそ、アイオロスは顔をしかめたまま私を見た。

「随分と、勇気のある奴がいるものだ」
「…まったくだ。女神に暴行を加えるなど、死罪どころでは済まされんだろう」

私の言葉に一族郎党ってところかといったアイオロスがなまえの頬に手を伸ばす。


「なんにせよ、地獄を見ることになるだろうな」


ああ、これが聖域なのだとわかりきったことを思い出して目を伏せる。アイオロスは返事をしない私のことなど気にも留めず、立ち上がって十二宮を見下ろした。


そんな私達の間を強く冷たい風が吹き抜けていった。

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