さて、問題は思ったより早く起きた。私が、気づいていなかっただけなのかは定かではないが、とにかくそれはサガに祭典の練習を付き合ってもらった帰りのことだった。


第一に、私という存在はやはり、聖域では異質だったのだろう。

気にしないようにしてきたが、兵士や女官さんが悪口を言っているのも聞いた。人種差別的なものから始まり、はては私の人格否定と続く陰口の原因はすぐに分かった。“勝利の女神”という存在。私がそれに該当するのが気に入らない、らしい。まあ、わかる。沙織に対する人々の崇拝や敬意、それから時折混じる羨望の眼差しは、彼女の従神であるニケにも向けられていた。それが、突然あらわれたこんななんの変哲もない女だというのが気に入らない。私だって、自分が勝利の女神などとは信じられないのだから、それは当然のことなのだろう。

けれど、私は自分で聖域に残ることを決めた。なら、私のすることはまず、認めてもらうことなのだと思う。

そう、そう考えた矢先だったのだ。

「…えーと?」
「聞こえなかったの?じゃあもう一度言うわ。聖域から出て行って」


面と向かって出て行けと言われたのは。

確か、この間ぶつかった巫女さんだったと思う。彼女の後ろには兵士さんが何人かいたが、自分に向けられている悪口は知っていたからさして驚きはしなかった。だが、とはいえさすがに面と向かって出て行けと言われるとどうすべきか悩む。


「日本人が女神のわけがない!」
「ええー、人種とか関係あるの?」
「ここはギリシア、そしてニケ女神はギリシアの神よ!それがどうしてあんたみたいな黄色人種なんかに!!」

呆れたように答えたのが気に障ったのか、いささかヒステリックな声を上げた彼女が私の目の前に立つ。美人だし、スタイル良いなあなんて能天気なことを考えていたのが悪かったのだろうか、胸倉をつかまれたことに気付いた時にはもう壁に押し付けられていた。

「何がしたいの?アテナを騙し、聖域を騙して何がしたいのよ!!」
「ちょっと冷静になって。私は沙織たちを騙すつもりなんてない」
「そんなはずないわ!何がほしいの、軍事力?尊敬?ちやほやされるのがそんなに楽しい!?出て行ってよ、聖域はあんたなんかの自己満足に付き合ってなんていられない!ここは、神話の時代から続く聖域よ!!?」

分かっているのと胸倉を強く押されて一瞬だけ息が詰まる。

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