「わ、私がテレポート?」
「そうだ」
「テレポートってあれよね、空間を飛び越えて移動する、みたいな」
「そうだな」
「それを私が?」
「そうだ」
「…こ、」
「こ?」

何か呟いた彼女の言葉が聞き取れずに聞きなおせば、彼女が俯き加減にぼそりと呟いた。

「怖くない…?」
「は?」

彼女は、怖くないかと聞いた。
それがあまりにも想定外のことで一瞬頭の中が真っ白になる。


神とは、人より遥かに上の存在であると私は思っていた。(いや、今も思っている)アテナを見ても、ハーデスを見ても、人智を超えたその力は崇拝や尊敬を通り越してもはや脅威の段階に至っている。その神の一人で、さらに勝利という栄光を司るこの女性が、テレポートを怖くないか、と聞いたのだ。それが、私には予想外の事で頭が事実を理解する前に思考を放棄する。


「ああああ、やっぱなし、今のなし!!」

顔を真っ赤にしたなまえが突然そう声をあげて、手をぱたぱたと振る。

「忘れて、サガ!お願いだからそんな呆れたような顔をしないで!」

恥ずかしいからと叫んだなまえに慌てて呆れたわけではないと告げるが、彼女はもはや聞く耳などもたずに顔を真っ赤にして首を振り続ける。「なまえ」「な、なに、サガ?」「…バスで、行くか?」と聞けば、彼女はさらに顔を赤くした後俯いた。

「ご、ごめん、ね」
「いや」
「でも、ほら、テレポートなんてしたことないから、なんか…どうなるのか分からなくて」
「なまえもいずれ自分でできるようになる」
「…うん」

少しずつ慣れて行けばいいだろうと笑いかければ、なまえが僅かに顔をあげて私を見た。行こうと一声かけて歩きだした私の後を追ってきた彼女が、しばらく後に私の服の裾を引く。

「テレポートって、本当に一緒にできるの?」
「できる、が…」
「じゃあ、サガ、私も一緒に連れて行って。私、テレポートでアテネに行ってみたい」
「…良いのか?」

怖いのではないかと、もちろん悪気はなかったのだがそう聞くとなまえがまた僅かに顔を赤くして首を振った。…そうして彼女はぽつりと呟く。

「怖くない…、っていうのは嘘だけど!でも、それじゃあ何時まで経っても聖域に慣れられない」
「そうだな」
「だからお願い、サガ」

連れて行ってと笑ったなまえに微笑み返して私より遥かに低い位置にある頭を撫でてやった。顔色が少し悪い。やはり本気で怖いらしいが、それでも聖域に慣れるために努力をしようとする姿は好ましくさえ感じた。空はいつの間にか、少しずつ曇り始めて大分寒くなってきた。のんびりしていると降られてしまうかもしれないと考えて道を急ぐことにする。

聖域を出てしばらく行ったところでなまえに手を差し出す。かなり嫌そうな顔で、それでも手をとったなまえに気づかれないように笑みをこぼしてその手を掴む。小さなその手にぎゅうと力を込められ、それに少し驚きながらも握り返した。

やはり自分の想像する女神像とはかけ離れた彼女は私にとって不可思議な人であると思う。どちらかと言えば、神よりただの人間の女性であるように感じる。
未だ掴めない勝利の女神という存在に考察を巡らしている間に、アテネの人通りの少ない路地裏にたどり着く。私はとりあえずそれまでの考えにきりをつけ、真っ青な顔で一瞬にして変わった景色にしきりに意味がわからないと言っている彼女を休ませることを考え始めた。


(女神らしくないという意見はデスマスクに同意をすべきかもしれない)

2/2