「ごめんごめん!言い方が悪かったみたい」
「なに?」
「別に怒っているわけじゃないの、ただびっくりしただけだから」

くすくすと笑いながらそういったなまえがもう一度ごめんと言葉を続けて私を見上げる。

「で、ここから本題なんだけれど」
「ああ、」
「仕返しに何をしたらデッちゃんがびっくりすると思う?」
「は?」
「だからね、仕返しに聖衣仮面ちゃんもびっくりさせてあげようと思って」
「し、かえし?」

それは恐らく女神らしからぬ行動であった。アテナならそのようなことを思いつきもしないのだろうし、アテナ女神を見てきた私には神とは元来そういうものだと思っていたのだが(もちろん彼女に敵対する神は必ずしもそれに当て嵌まるわけではなかったが)、どうやら彼女もそれには当てはまらないらしい。
襟から氷を投げ入れてやるとか、ベッドを金木犀の花でいっぱいにしてやるとかなんとも微妙な嫌がらせをあげていく彼女はどうも女神らしくない。
「サガ?」
「いや…」
「…?…やめたほうが良い?デッちゃん、本気で怒っちゃう?」
「いいや、それはないだろうが…」

ニケ女神がこのような性格をしていたことに驚いているなどと口が裂けても言えるはずがなく黙り込む。彼女はそんな私を不思議そうにこげ茶色の目で見上げた後、首を傾げた。

「…サガも一緒にやりたい?」
「…まさか!」
「でももしかしたら楽しいかも!あの余裕満々な顔をびっくりさせたら絶対にすっきりするよ!私だってびっくりさせられたんだもの!そうよ、これはささやかな仕返しなんだから」

育毛剤にスポーツドリンク混ぜてやろうかな、スポーティな気分になるに違いないよねと果てしなくずれた彼女に、あいつは育毛剤なんて使っていないという気も起きず苦笑する。どうやら、勝利の女神とは、私の想像していたそれにはまったく当てはまらないらしい。


「…そうだな、」
「サガ?」
「デスマスクに対する対策なら、アフロディーテに聞くのが良いだろう」


そんな返答を返したのは、あまりにも彼女という女神がおかしな性格をしていたためそれに影響されたせい…かもしれない
(けれど不思議と嫌いではなかった)



「ディーテー!!」


ぱたぱたとこちらにかけて来たのは、アテナ女神に連れられて聖域にやってきた女性だった。黒い髪を風に舞わしながら猛突進してくる彼女にイノシシを想い浮かべたが、あまりにもそれは失礼だと思いなおしその考えを頭の隅に押しやる。

「何か私に用かな、ニケ女神」
「私の事はなまえって呼んでって言ったでしょう」
「ああ、そうだった。それで、どうかしたのかい、なまえ?」
「そうだった。あのね、」


周囲に視線をやって人気がないことを確認したあとにデスマスクをびっくりさせたいの、とそれだけ呟いた彼女の心意など知らないが、中々面白い事を言う女性だ。あの蟹を驚かせる、なんて最高に楽しそうな話ではないか。
目があった彼女ににっこりと笑いかければ彼女もにやりと笑みを浮かべた。


「そういうことなら協力しよう。この間私の薔薇を折ったのはどうやらあいつだったようだし」
「わあっ、ありがとう!サガがね、アフロディーテとデスは昔から仲良しだったから、こういうことはディーテに聞きなさいって言っていたから」
「仲良し?サガはよくそんな背筋が凍るような言葉を言えるものだ」
「違うの?」
「さあ、どうだろうか」

そういえば、彼女はくすくすと笑って変なのと呟く。変なのは自分のほうだということに、どうやら彼女は気づいていないらしい。まったく女神らしくない女神だと考えながら、彼女の話に乗るため、大量の薔薇の準備をし始めた。


(それにしてもサガがこんな話の相談にこたえるなんて妙なことがあるものだ)

おまけ→

2/3