「う、わあ…」

セスナから降り立った私の目に飛び込んできたのは、天に届きそうなほど高い山に位置する数々の神殿と、多くの遺跡のような建物だった。しかも、どうやら未だ人が使っているらしい。まるで古代にタイムスリップしたかのような気分になる。

秋の澄んだ空の下、緑の茂る木々が風に揺られ、どこかに川があるのだろうかせせらぎも聞こえた。

「ここが聖域です」
「すごく良い所!」
「そう言って頂けると嬉しいです」

にっこりと笑ってセスナから続いて降りてきた沙織が言った。沙織は空から照らす日の光を全身に受けながら、黄金の杖を手にゆっくりと私の隣に立った。しっかりと握られた杖はそんなにも彼女にとって大事なものなのだろうかと思いながら、失礼にならない程度に杖を眺める。…うん、綺麗だけれどやっぱり私にはただの棒にしか見えない。これの代わりが私かあ…。つまり棒イコール私。やっぱりなんか妙な気分だ。
そうしていたら、遠くから少年の声が響いて、私は向こうから駆けてくる少年を見た。


「お譲さん、一角獣の邪武お迎えにあがりました」
「ご苦労様です、邪武」
「…お嬢さん、そちらの女性は?」
「ええ、紹介します。彼女はなまえさん、そして彼女こそが勝利の女神ニケなのです」
「え、はい?」

沙織の言葉に目を白黒させた彼に目もくれず沙織が足を進めた。少年は未だに首を傾げて私を見ている。

「何をしているの、邪武。行きますよ、聖闘士たちに彼女を紹介しなければなりません。なまえさん、彼は邪武。一角獣の聖闘士邪武です」
「じゃ、邪武くん」
「はい!」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」


少しだけ、拍子抜けだった。

世界の、地上の平和を守る正義の戦士、なんて説明を沙織にされていたものだから勝手にムキムキマッチョのおにーさんを想像していた。だけど彼はまだあどけなさを僅かに残す子供だった。それだけではなく、浮かべられた笑顔はどこか悪戯っ子のようで可愛らしい。私の想像のムキムキマッチョで「ホアアアアアタタタタタタタ!!!!」とか「お前はすでに死んでいる…」とか言っちゃうおにーさんとはまったく当てはまらなかった。うん、彼となら上手くやっていけそうな気がする。

「なまえさん、行きますよ」
「あ、ご、ごめん」

いつの間にか歩き始めていた沙織が足を止めて振り返り私を呼んだ。
慌てて小走りで彼女たちの後を追い、石畳の敷かれた歩道を早足に歩く。それを確認した沙織が再び前を見て、山の頂上にある神殿をその真っ白で細い指で指し示した。


「あれが教皇宮、そしてアテナ神殿です」
「教皇宮、アテナ神殿」
「これからあの場所まで登ります」
「え、徒歩?」
「徒歩です」
「………」


なるほど、これはつまりデスクワーク、そして超インドア派の私に対する挑戦状だな。任せてみなさい、これでも体育は得意だったんだからね!…なんて思っていた数分前の私、右頬をぶん殴ってあげるからその後に左頬も差し出しなさい。

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