「貴女が今、人間として生きそして暮らしてきていることもよく分かっているのです。本来ならこのような争い事には無関係の場所で平和に生活できるはずの人だということも」

しかし、そういった城戸沙織がまっすぐに私を見た。強い意志を秘めた不思議な魅力のある瞳から目が反らせなくなる。

「ですがもし、貴女が平和のため、私たちのために協力して下さるというのなら」
「ギリシアに行く、と?」
「無理にとは言いません。ですが分かってほしいのは、誰かがやらねばならぬことだということです。聖戦も、争いから地上を守ることも。それを避ける要に、貴女がなれるということも」

彼女がそう言って言葉を切ると、部屋に沈黙が降りた。時計がかちりかちりと時を刻む音だけが響く。ちらりと見えた時計の針は家に着いた時より大分進んでいた。随分と長く話しこんでいたようだ。
まったく不思議なことがあるものだと思う。見ず知らずであるはずの彼女を城戸沙織と信用し、その城戸沙織を家に上げてお茶を飲みながら聖闘士や冥界、聖域などといった漫画のような話を聞く、なんて。
しかも私がその中に位置づけられた存在だというのが、中々不思議なことだと思う。


ふと、彼女が口を開いた。

「今日は、これで失礼します」
「え、あ、ああ…」
「突然おじゃまして、このような話をお話して申し訳ありませんでした。しかし、真剣に考えていただきたいのです」
「ギリシアに行くこと、」
「地上の平和を守るということを、です」


そこでようやくふんわりとした笑みを浮かべた城戸沙織が黄金の杖を片手に立ちあがる。


「貴女とギリシアで共に過ごせることを祈っております」


その彼女の言葉になんと返事を返すべきか迷っていると、彼女が軽く頭を下げ、そして



消えた。


「は?」


城戸沙織が忽然と姿を消し、彼女がいた場所には今空気がある。(多分)
なんのマジック?いや、どっきりかもしれない。そうだ、分かった!今までの全部どっきりだったんだ!もう、一般人を驚かしてテレビのネタに使おうなんてマスコミは意地悪すぎだぞ!そんなんだからマスゴミなんて言われちゃうんだぞ!なんで私がターゲットになったのか全然わからないけど多分どっきりだ!うわあ、地上波に初登場しちゃうぞ!ってそんなわけがあるはずないよ、私!とりあえず、あれだ、城戸沙織!


「悪戯しないでください!」


ちょいちょいと城戸沙織がいた場所に手を伸ばす。透明マントとかあるんだな!あれ、それは魔法学校の話か。いや、でも日本の技術なら開発できそう…とか、思ったりしたんだけれど!


「え、ええ――…」


やっぱりそこに城戸沙織はいなかった。彼女の座っていた場所に微かな温もりを感じ、最初から幻覚だったというわけではないと知ってしまう。じゃあ、彼女はどこへ?本当に目の前でぽっと消えた…?


私はアテナ、パラス・アテナだと、そう言った彼女の言葉を思い出す。
女神、だから瞬間移動ができる…とかそういう話しなわけ?

それはよく分らなかったが、とりあえず彼女が何か不思議な力を持っているだろうことは分かってしまった。恐らく神と銘打ってもおかしくはないほどの力だろうことが。


「じゃ、じゃあさっきの話は全部本当…?」


ギリシアの聖域という場所には女神を守る聖闘士がいて?

冥王ハーデスやその他もろもろの神々が地上を狙っていて?

聖戦を起こして多数の死者がでて?

地上の平和を守るために勝利の女神という存在で戦を未然に防止したくて?


その女神が、


「私?」


城戸沙織が言っていたのは、つまりそういうことだった。ちくたく、時計の音が部屋に響く。買ってきた酒を冷蔵庫に入れ忘れていることとか、取りためたDVDのことなどもう頭にはない。


「…今朝の星座ランキング一位だったのに」

なんだかとんでもない事に巻き込まれかけている、ということを感じた。

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