「歯磨き粉、オーケー、酒、オーケー、つまみ、オーケー」
今日まで持っていた大事な発表は二時間前に無事終了した。
会社の命運をわける…とまではいかないが、そこそこ重要なものだったから心配だったが、なんとか成功を収めることが出来たと思う。ということで今日は思う存分グダグダすることに決めたのだ。スーパー袋の中身をみて買い忘れが無い事を確認する。
撮りためたDVDもたくさんあるし、準備は万端だ。
よし、そうと決まればさっさと帰ろうとスーパーを出た。もうすっかり秋だ。あの暑かった夏の気配など今は何処、涼しい風と鈴虫の鳴き声が暗い道に響いていた。ついこの間まで、この時間帯はまだ明るかったのに…。
ひゅうと冷たい風を頬に受けてぶるりと震える。
「うー、さむ」
風邪ひきそうだ。そろそろ空気も乾燥してくるし、マスクも買えば良かった…。
でも秋は好きだ。
焼き芋は美味しいし、スイートポテトも美味しいし、ポテトチップスも美味しい…ってポテトチップスは季節関係ないか…。というか芋ばっかりだな、私。どれだけ芋が好きなんだ。いや、でも芋は美味しい。肉じゃが、じゃがバター、ふかし芋…。あれ、芋最強伝説?
「じゃがいっもー、美味しいおっいもー、コメより芋だー」
………いや、でも日本人として米も捨てがたい…!米、芋、米、芋…、ううん選べない。
なんて下らない事を考えていたら自宅についてしまった。年季の入ったアパートの扉を開けて、固まる。
「……?」
電気がついている。
朝…は電気なんてつけなかったし、昨日の夜は寝る前にちゃんと消した。だから電気がついているはずがない。だが、今確かにリビングには煌々と明かりがともっているようで、リビングの扉の隙間から光が漏れている。それから、誰かの気配。
「……」
ど、泥棒?
いや、私の家、そんな盗む様なもの何もないですよ!質素そのもの!
じゃあストーカー?
いや、そんなのいない。
…なら家族、だろうか。
「…母さん?来ているの?」
そう扉の前から恐る恐る声をかける。中でがたりと音がなってびくりと震える。母からの返事は返ってこない。やはり家族ではないのだろうか…?警察に通報したほうがいい?いや、でもこれで家族だったらただの迷惑になるわけだし…。
そうだ、こうしよう。
リビングの扉を開けて、もし知らない人がいたらダッシュで逃げよう。それから通報だ。でももし家族の誰かがいたら来る時は連絡をしてくれと言おう。よしかんぺき、だ
「え」
だが、扉を開けようと手を伸ばしたら、突然向こうから開いた。やっぱり誰かいたんだ!
大きな目をくりくりとさせて顔を覗かせた美少女の亜麻色の髪が、さらりと肩から零れた。彼女と目が合う。
「え」
口からもれた声と同時に持っていたスーパーの袋が落ちてガサリとなった。だが、そんなことよりも、目の前にいる美少女、
もちろん直接面識などない少女だ。その分では泥棒もしくは不審者として通報するのに相応しい。
だがそれ以上にその人物がテレビや新聞でよく見知った人だったことに私の思考は追いつかない。
「き、城戸沙織…?」
私の言葉に薄く微笑みを浮かべた少女に後ずさる。そんな馬鹿な、あの城戸沙織が私の部屋にいるはずがない。疲れているの?幻覚なのか?ああ、そうかもしれない。昨日は寝るのが遅かったから…。ようし、今日は早く寝ることにしよう!
「探しましたよ、久しぶりですね、ニケ」
そんな私の事などまったく気にせずに、彼女は彫刻に刻まれたような笑顔を浮かべてそう言った。
(絶対にろくなことにならない、気がした)
1/1