暗く淀んだ意識がゆっくりと浮上する。

「・・・うぅ」

ぱちりと目を開ける。
ぼんやりと白い天井が目に入る。
なんだかふわふわしている気がする。

頭が重い気がする、あと関節が痛い。ぎしぎしいってる気がする。なんだこれ、歳か?横を向けば、壁にかけられた神々の絵がぐにゃりと歪んだ気がした。

「・・・」

目を擦る。
そこにはいつも通り、月桂樹を高く掲げる神様の絵。

「・・・うん、気のせいか」

のそりと起き上がって時計を見る。
そして、悲鳴。

「うっ、うわ!!めっちゃ寝坊!!」

転げ落ちるようにベッドから降りて慌ててシャワールームに飛び込む。
適当にシャワーを浴びて急いでシャツとジーンズに着替え、髪を結う。

朝食はなしだ。
時間もないし、今日はまったく食欲がない。うん、大丈夫だろう。

そうして部屋を飛び出して教皇の間に向かう。
今朝はシオンさんに呼ばれていたのにすっかり遅刻だ。
これは叱られても仕方がないレベルである。

「す、すみません!遅刻しました・・・!」
「遅いぞ、なまえ!これ以上モーニングティーを待ちきれんぞ」
「は、はい!今すぐ!」

準備のために一度教皇の間を飛び出て給湯室に向かう。
丁度出るところだったのか、隣を歩くシュラさんが黒く短い髪を揺らしながら私を見た。

「なまえ、遅れるなんて珍しいな」
「不覚にも寝坊しました・・・・!」

そう言えば、彼はこてりと小首を傾げて私を見た。

「・・・疲れているのでは?」
「そんなことないですよー!皆良くしてくれますし」

そう笑えば、彼は納得いかないのか眉間にしわを寄せて目つきをさらに鋭くする。
だが私がもう一度大丈夫だと告げれば、たまには休めとだけ言って自宮へと帰っていった。



「いやー、今日は暑いですね」
「昨日より涼しいのだが」
「あれ、そうですか?」

シオンさんにモーニングティーと軽食を渡し、執務室に運ぶ大量の書類を受け取る。

うん、相変わらず物凄い量だ。
これに顔を引き攣らせるサガさんが容易に想像できるぞ。

「じゃあ、失礼します」
「うむ、頼むぞ」
「はーい!」



執務室の扉を開ければ、サガさんとアイオロスさんの二人がいた。

サガさんは私の手の中の書類を見ると、想像通り顔を引き攣らせる。

「またシオン様が書類をため込んだな・・・。・・・おはよう、なまえ」
「おはようございます、サガさん」

苦笑しながらため息をついたサガさんに書類を手渡す。
机の横に摘まれた書類の山に追加されたそれを眺めながら、あとで私にできるような簡単なものは片付けを手伝おうと誓う。


ふと、視線を感じてそちらを向けば、アイオロスさんがじっと私を見つめていた。


「どうしました、アイオロスさん?」
「なまえ、なにか顔が赤くないか?」
「そうですか?まあ、走ってきましたから」

そのせいでしょうと笑えばアイオロスさんは首を傾げた。

「でも」
「なんですか、私が赤面症なのをからかおうとしたって無駄ですよ!もう開き直っていますからね!」
「なまえの赤面症は可愛いから問題ないだろう」
「サガさん、どこかで頭でも打ちましたか?」
「手厳しいな」

納得がいかないのか、とうとう考えこみ始めたアイオロスさんを傍目に何か飲むかと問えばコーヒーと返事をもらう。

「じゃあ、ちょっといれてきますね」
「ああ、頼む」
「なまえ、具合が悪いとか・・・」
「心配性ですね。気のせいですよ」

なおも食いついてきたアイオロスさんに笑い返して給湯室に入る。

豆の入った袋に手を伸ばして中を確認する。コーヒー豆が少なくなってきた。
明日にでもアテネに買いに行こう。あ、砂糖も・・・。これは確か貯蔵庫にまだあったような・・・?
・・・あったっけ?

「・・・あれ?紅茶だっけ?」

いやいや、違うよ、コーヒーだよ。
なにをどうして紅茶になった。
だって、発音似ているし。
いやいや、似てないよ。”こ”しかあってないよ。

「・・・なんだ?」

今日なんだか調子悪いなー。
夜はいつもより早く寝よう。
うん、そうしよう。

適当にコーヒー豆を袋から取り出す。
カップを二つ準備しようと棚の上に手を伸ばす。
一番端っこがサガさんのもので、真ん中のギリシャの国旗入りのカップがアイオロスさんのものだ。

・・・今度私も日本の国旗入りのマグカップでも買ってみようか。
いや、あえてのお揃いって言うのも・・・。

・・・やっぱり、それは恥ずかしいから止めておこう。



背伸びしつつ、カップを二つ手にとって台の上に置いた瞬間、

「ん、・・・?」

がく、と膝が崩れて視界が歪んだ。


あ、やばい。



そう思った時にはもう遅く。
アイオロスさんの声が聞こえた、気がした。









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