なるほど私が馬鹿だった。


「・・・ああなんということでしょう」


真っ青な空。

石畳の白い地面。

微かに汚れた家の白い壁。

綺麗に桃色の花を咲かせた緑の木々。


「・・・ここはどこですか」




先程まで隣にいたアイオロスさんは今や何処。
いや、完全に私が悪いのだろうが。


パルテノン神殿を見学した後、プラカでお茶をして中央市場に行った。


・・・そして気がついたら私は何故か路地裏にいました。完全に私がはぐれている。主に私一人が迷っている。

「・・・どどどど、どうしよう?待っているべき?それとも探す?誰かに聞く・・・ああ、でも私ギリシャ語は挨拶しか分からないよ!」

しかも全ての時間と言っても過言ではないほど聖域で過ごしていたから土地勘なんてものもゼロに近い。

どうしよう。
見渡せば、薄暗い路地裏。人通り、ゼロ。

「うーん・・・」

これを死亡フラグというのだろうか。だがとりあえずここを出よう。そうしない限り、何も始まらない。そう思いなおして、歩き始める。
うーん、それにしても何もない道だ。いや、すごく良い路地裏の風景なんだけど。迷ってさえいなければ・・・。

「・・・?・・・!?」

ふいに肩を掴まれ、振り返れば良い笑顔のおにーさん。白い歯が眩しい。
というか、一体どこから現れた。さっき私が見た時は誰もいなかったのに。エスパーか。瞬間移動か。さすが聖域のすぐそば、なんでもありだ。

「・・・・?」

何か、ぺらぺらと話しかけられているのだが、申し訳ないがまったく分からない。

「・・・えっと、」

どうしようどうしよう。分かんないよ!!
道を聞かれている?いや、まさか、こんなどう見ても迷子の私に道を聞く人なんていないはず。じゃあなんだ?具合が悪いとか?あああ、どうしようどうしよう、余計にどうすればいいかわからないじゃないか!アイオロスさん、助けてくれ!

「・・・え、」

ふいに腕を強く引かれた。
そして、そのまま路地の奥へと連れ込まれていく。

「ちょ・・・!離してください!!」

だが日本語が通じるわけもなく、おにーさんはなおも良い笑顔のまま私の腕を引く。
あいかわらず、私の理解できないギリシャ語を話し続けている。

どうしようどうしようどうしよう!なんでこの人こんなにいい笑顔なんだよ!なんでそんなに強く私の腕をひくの?痛いって!なんだこれ、これが人攫い!?ていうことは、私はこの後わるーいおじさまに売られて一生を灰かぶりで過ごすのか?いや、もしくは臓器売買でばらばらに・・・。

そ、そんなの嫌だ!!
私は、もっと沙織ちゃん達と一緒に日々を過ごしたいし、聖域にいたいのに!アイオロスさんの傍にもっといたいのに、ホルマリン漬けのばらばら死体になるのはごめんだぞ!

「離してください!」

ぐ、と手を引くと彼が振り返った。若草色の瞳が私を見る。落ち着いてみれば、きっと綺麗な色なのだろうけど、私にはそんなことを気にしている余裕はなかった。


「い、たっ・・・!!」


思い切り手をひかれて壁に押し付けられる。背中を打ちつけて、ひゅ、と喉がしまった。おにーさんは、相変わらず笑顔。首を、彼の暖かな手が這った。ぞっとする。やだやだ、わたしに触らないで。

「やめて、」

手にどれだけ力をこめてもおにーさんの力は緩まない。くそ、ムキムキかよ、くやしいなぁ。おにーさんが笑顔で何かしゃべる。やっぱり何を言っているのか分からない。彼を見つめて首を振れば、彼は一度目を丸くして何かを考え込んだがすぐに笑顔になった。その意味が分からずにわたしが動けずにいると、彼の唇が瞼に触れた。うわあ、気持ち悪いって!!顔をそむけるが意味を持たず、今度は頬に口づけられる。挨拶にしては度が過ぎているっていうか、私とおにーさんはそんな挨拶をするような仲じゃない。もう勘弁してくれ。いつの間にかおにーさんがエスカレートして服の中に手を突っ込まれているし!!いや、本当勘弁して!!視界がにじむ。それに気付かないふりして、なんとかおにーさんを押し戻そうと手に力を入れるが、やはり無駄だった。



「・・・や、やだ・・・!たすけて、アイ、オロスさん・・・!!」
「なまえ!」
「・・・っ!」

ふいに、私の腕を掴んでいた男性の手首を、大きな手が掴んだ。
そして、聞こえたのは耳慣れた優しい人の声。

「ア、 アイオロスさん!!」

さっと、私の前に出た彼は驚いた顔をしている男性に向かって、何かを呟く。
それを聞いた男性は一瞬顔を顰めたが、アイオロスさんが腕を掴む力を強めると顔を歪めて、途端に走って去って行った。

早い。なんだったんだ、あの人は。

「大丈夫、なまえ?」

見なれたアイオロスさんの背中に一気に気が抜けてへろへろとへたり込む。冷たい地面に座り込んでそのまま呆けていると、アイオロスさんが優しく私の髪を梳きながら聞いた。その優しげな目を見た瞬間、どっとに安心感が押し寄せて、今更体が少し震えた。

「あ、だ、だいじょうぶ、です。ありがとうございます・・・」
「怖かっただろうに、すぐに来てやれなくてごめん」
「い、いえ、そんな!勝手にいなくなった私のせいですし・・・」

そういうとアイオロスさんは一瞬、ぽかんとするとすぐにふにゃりと笑った。

「ああ、確かに急にいなくなって驚いたぞ。探してみたら、変な男に絡まれているし」
「うっ、す、すみません・・・」
「なまえが謝る必要はない。だけど無事で良かった。怪我は?」
「ないです」
「ハグは?キスは?ボディタッチは?」
「え、えっと、瞼と、頬に」

そういうとアイオロスさんは顔をしかめて、そのまま近づいてくる。それに気おされて一緒に後ずさればアイオロスさんが笑った。

「なんでなまえまで下がるんだ!」
「だ、だって!なにをする気ですか!なんで近づいてくるんですか!!」
「消毒は必要だ!」
「え・・・、消毒液持っているなんて、準備良いですね、アイオロスさん」

そう言った瞬間、頬と瞼に少し乾燥した彼の唇の感触。その意味が理解できず、脳が思考を放棄する。固まったわたしを見て、アイオロスさんが笑った。

「消毒だぞ」

思考を放棄したわたしのノロい頭でも、その意味に気がついて、わたしの顔が茹でダコになるまで、そう時間はかからなかった。

「でも怪我が何も無くて良かった。もしなまえにもっと危害を加えていたんだったら、私はあの男性に少しお仕置きをしなければならないところだった。・・・光速で」
「物騒ですね!」

そう言えば彼は笑って、さあ行こうと手を差し出してくる。

反射的に取った私を助けてくれた手は、とても大きくて、暖かかった。

「―――・・・・」
「なまえ?」
「あっ、や、・・・な、なんでも、・・・ない、です・・・」
「・・・?本当に?」
「本当です!」
「・・・?」



なんだか、急に気恥ずかしくなって
(目が合わせられなかった)
(何故か急に目をそらされた)

ロス兄が男性にギリシャ語で何を言ったかは御想像にお任せしますw←






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