お風呂も上がり、沙織ちゃんに借りた日本の洋服雑誌をぺらぺらと眺める。
存外時間をとるもので、ふと時計を見ればすでに夜中とも言える時間になっていた。

「ん、そろそろ寝ようかな・・・」

その前に水を一杯飲もうと寝台から降りてスリッパをはいたところで、扉がノックされた。

「?」

こんな時間に一体誰だろうと、訝しがりながらもとりあえず確認のために扉を開ける。

暗い廊下。

赤いハチマキ。

妙に肌色成分の多いアイオロスさん。
上半身裸で良い笑顔で立っているアイオロスさん。
とにかくムキムキなアイオロスさん。

「や、本当意味が分からないんで、お引き取りください」

ばたんと扉を閉めた、はずだったのだが、すかさず差し込まれたアイオロスさんの足によってやむなく隙間が生まれる。そしてそこから指をさしこんで無理やり扉を開けようとするアイオロスさんと、それを阻止すべくドアノブを引っ張る私との壮絶な戦いが始まる・・・、わけもなく。

力の強いアイオロスさんによってなんなく開けられてしまった扉。そこから侵入してきたアイオロスさんが伸ばしてきた手から逃れると彼は頬を膨らませて口を開いた。

「恋人に対してその扱いはひどいだろう、なまえ!!」
「夜間に上半身裸で押し掛けてくる変態に対する扱いです!!」
「これは、風呂上がりだからだっ」
「何しに来たんですか。素っ裸で何をしに来たんですか。夜間の迷惑行為は禁止していますので早々にお引き取り下さい」

そういえば、以前日本に行った時サガさんも素っ裸で風呂から出てきた。なんて、懐かしいことを思い出しながら目の前で帰る気配をまったく見せようとしないアイオロスさんに、何の用だと問いかければ、彼はいつも通り太陽のように明るく笑った。

「一緒に寝ようと」
「結構です」
「返事が早いなぁ、なまえ」
「あー!ちょっと!!何をベッドに入り込んでいるんですか!!!」
「大丈夫大丈夫、まだ何もしないから」
「まだって何ですか」
「深く考えちゃあいけないよ」

まったく帰る気も見せない彼に、これ以上何を言っても無駄だろうと小さく溜め息をついて扉を閉めた。

「なんでいきなりそんなことを?」

・・・確かに、その、この間、・・・こ、告白は、した。
した、けど・・・、それから互いに大した変りもなく過ごしてきたはずだったのだ。二人で出かけたりだってしていないし、手だってまだ、繋いでない・・・。ハグはいつものことだから、カウントしないとして、まだ、その、キ、キキキ、キス、だって、していないのだ。

それがなんでいきなり一緒に寝ることになった?

「うん、それなんだけど、なまえ」

でかい図体のせいで、私の寝台がとても小さく見える。
ねっ転がっていたアイオロスさんは私の質問に起き上がり手招きをする。不思議に思いながらも近くに行けば、彼は私の両手をそっと取って、僅かに微笑みながら口を開いた。

「なまえ、人馬宮で一緒に住」
「すみませんよ!そそそそんなっ!!ま、まだ私たちには早いに決まっているじゃないですか!!ものには順序が・・・!!」
「っていうだろうと思ったから、せめて一緒に寝ようと」
「いや、どうしてそこで一緒に寝ることになったのか、私には貴方の思考回路が理解できません!!」
「愛しているから、いつでも傍にいたいんだ、なまえ」


そう言って私を見た彼には、いつもの朗らかな笑顔などそこにはなく。

どこか妖しいにやりとした笑い方に不覚にも心臓が跳ね上がった。

「好きだよ、なまえ」
「アイ、オロスさ・・・うわっ」

手を引かれたかと思えば、目の前には広い胸板で。
ああ、きっともう彼は私が何を言おうと聞くつもりはないらしい。そのまま寝台の上に転がったアイオロスさんの腕の中で苦笑する。

「なにもしないと約束をしてくれるのなら許しましょう」
「ああ、約束するぞ。・・・たぶん」
「たぶんってなんですか」

ため息をつけば、それを聞いた彼が笑いを漏らした。顔を上げると、空色の目にわたしが映りこんだ。

「愛してる」
「・・・っ!!!」

何故恥ずかしげもなく、ぽんぽんとそんな言葉を囁けるのだろうかと、恐らく真っ赤になっているだろう頬を隠すために彼の胸に顔を押しつければ、そっと頭を撫でられた。

「おやすみ、なまえ」

今日も突然押し掛けてくるという予想不可能の行動を取ってきたこの人を、甘やかすといつかとんでもないことをしでかすのではないかと、わずかに私の未来に不安が走ったが暖かな腕の中、次第にそんなことはどうでもよくなっていった。



薄れゆく意識の中、額になにか柔らかな感触があたった気がした。







翌日部屋にやってきた沙織ちゃんの悲鳴により私たちは目を覚ます。
(お、おおお、大人の階段を超えてしまったのですか、なまえさあああああん!!!!!)
(誤解だよ沙織ちゃああああああん!!!!)







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