ふわりと少し涼しい風が吹き抜けて行った午後だった。

何故か今日は執務室に手伝いに行ったら断られた。そしてサガさんに、代わりに今すぐ人馬宮に向かえと言われて訪れたものの、人馬宮にはいつもと特に変わった様子もないアイオロスさんがいただけだった。特に私に用事があるようにも思えない彼に、私は何故ここに来させられたのかと首を傾げる。アイオロスさんがそんな私を見て笑った。それが、二時間前のことだった。

それから軽い昼食を作って、二人で一緒にご飯を食べて食器を洗った。なんてことのない休日だった。アイオロスさんがふと席を外し、私は今日の新聞を広げてトップニュースを眺める。うん、今日は特に重大なニュースもないようで平和そのものらしい。実に良いことだと、ぺらりとページをめくれば旅行の特集が組まれていた。デルフォイ、エーゲ海クルーズ、オリンピア観光、さらには隣国のトルコやイタリアやブルガリア旅行の記事まである。そろそろ少し涼しくなってきたし、どこかに少し遠出するのも良いかもしれないと考えた時、アイオロスさんが戻ってきた。


「なまえ、ちょっといいかな?」


いつものようにぱっと笑みを浮かべてそう言ったアイオロスさんに、私はソファから身体を起こして頷く。

「どうしました?」
「うん、ちょっと」

アイオロスさんはにこにことした笑顔のまま、私の隣に腰をかけた。
いつもなら先に用件を言うのに、何を隠しているんだろう?

あまりの笑顔にちょっと不安になる。まさか何かドッキリ特集でも組んでいるのか?いやいや、そんなわけのわからないことをされたことはないから、それはないだろう。

「アイオロスさん?」
「私なりにいろいろ考えたんだ」
「はい?」
「なまえが、この世界に来てからのこと」

突然なんだと目を丸くした私を気にせずに、彼は微笑みながら話を続ける。

「アテネにも遊びに行ったり、線香花火をやったり、こうやって毎日を一緒に過ごせることとか、色々」
「はい」

一体、彼が突然何を言い出しているのか、私には分からなかったけれど。
手を引かれて彼のほうに体を向ける。

アイオロスさんがまた笑った。

「私は・・・、いや、俺はすごく楽しかったし毎日幸せだ。なまえは?」
「いいいい、いきなり何を聞くんですか、あなたは!!」

頬に手を添えられる。
そこから熱が広がるのが分かる。きっと今私の顔は真っ赤に違いない。

「わ、私は、えっと、いや、私だって幸せですよ!!」
「そうか、良かった」
「う?」

私の手を取ったアイオロスさんは終始穏やかな笑顔で。
普段は元気でにこにこしているのに、こんな表情もするのかと見つめていると、左の薬指に何かが通される。

「え、」


左の薬指に通されたリング。


「…は?え、ちょ、アイオロスさん?え、エイプリールフールは今日じゃないですよ!!?」
「冗談でこんなことしない。だから、なまえ」
「は、…」
「俺と結婚してください?」
「う…」

そう言って、彼はふわりと微笑む。私なんかでいいのだろうか、とか本気なのかとか色々考えることはあったのだが、何故だかそれらを今言うのは野暮な気がして口を閉ざす。
風が吹いてカーテンが舞いあがった。差し込んだ日光がきらりと指輪を輝かせて、ふと視界がぼやけていることに気がついた。ぱちりと瞬きをすると頬が濡れて、クリアになった視界の先で、アイオロスさんがわたわたとあわて始める。

「えっ、うわ!な、なんで泣くんだい、なまえ!?」
「うぅー、アイオロスさん…!!」
「・・・い、嫌だった?」
「ち、違います!嫌だなんて…!!ただ、う、嬉しくてっ」

そこまで言うとまた涙がぶわっと出てきた。もうなんで泣いているのか自分でもわけがわからなかったけど涙が止まらなくて、ごしごしと目をこすればアイオロスさんはふっと笑って抱きしめてくれた。

「そうか」
「そうです」




私は、別の世界で育ち、生きてきた。あちらでたくさんの人と関わって、泣いたり怒ったりして、それでも平凡な毎日を過ごした。そしてあの日、この世界へ帰ってきて、それから色々な経験をした。

沙織ちゃんたちと出会って。
聖闘士の皆さんと日々を過ごして、

冥界にも行ったし、アテネに買い物にも行った。沙織ちゃんやパンドラちゃんみたいに、とても優しい子と友達になれたし、優しくて暖かな聖闘士さんたちの傍で日々を過ごすこともできた。


そして私は、アイオロスさんと恋をした。

それは確かに幸せな日々だったのだが

「うぅー・・・!アイオロスさんー!!」
「・・・っと、」
「これ以上幸せになったら私多分爆発しますよ!!」
「爆発!?」
「幸せすぎて爆発するんです!!」
「そんな話聞いたことがない!」
「私もないです!でもそれくらい幸せなんですよ」

ぎゅー、と思い切り首にだきつけば、アイオロスさんが笑った気がした。強く抱きしめ返されて、それが何かとても幸せなことの気がして、私も笑う。ふいに、アイオロスさんが私から離れて顔をのぞいてくる。

「なまえ」
「・・・はい・・・?」
「君の答えを聞かせてくれるか?」


そっと指輪を撫でて笑ったアイオロスさんに、私も笑う。大きくて暖かな手を取り、笑いかけた。窓辺に飾ったアフロディーテさんがくれた薔薇の香りが風に運ばれてきたのを感じながら、彼の頬に口づけた。


「私こそ、お願いします・・・!!」





答えなんて、決まっていた
(彼の笑顔が、ただ眩しかった)






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